読書の森〜ビジネス、自己啓発、文学、哲学、心理学などに関する本の紹介・感想など

数年前、ベストセラー「嫌われる勇気」に出会い、読書の素晴らしさに目覚めました。ビジネス、自己啓発、文学、哲学など、様々なジャンルの本の紹介・感想などを綴っていきます。マイペースで更新していきます。皆さんの本との出会いの一助になれば幸いです。

脳には妙なクセがある (池谷裕二著)の内容・感想など

脳には妙なクセがある(池谷裕二著)の内容・感想など

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今回ご紹介するのは、脳科学者の池谷裕二さん著、「脳には妙なクセがある」です。一般向けに非常に分かりやすく書かれているのですが、脳科学の最新の研究、知見が盛り込まれており、内容は専門的です。

脳科学の最新の研究の中には、驚くべきものがあり、今や心理学、行動経済学、哲学などとも深く結びついています。難しい専門用語などは抜きで脳科学の最新の知見について学びたいという方には非常におすすめな本です。

内容の中で、個人的に面白いと思った点をいくつかご紹介したいと思います。

 

〇色彩や温度と心理効果

色彩や気温、温度などは、人間の脳にも影響を及ぼし、様々な心理効果をもたらします。

例えば、人と会話するときにはお互いアイスコーヒーよりもホットコーヒーを飲みながら話をした方が印象は良くなる、また、晴れの日に出かけた方が雨の日よりも相手の印象が良くなる、スポーツでは、「赤」のユニホームを着ている人の方が勝率が高い、胴着では、白より青を着ている方が勝率が高い、IQテストで、冊子の表紙の色を赤、緑、白に変えたところ、赤の時が最も成績が悪かった、などの研究結果があります。

特に、赤色については、相手の志気を下げてしまう色であるという分析がなされており、特にスポーツにおいて、無意識に相手を威嚇し、優位に立ってしまう効果があると言われています。

 

〇年齢を重ねると幸福を感じるようになる

ストレスや怒り、不安といった感情は若い頃が一番強く、その後、徐々に減少していくという研究データがあります。人生の幸福度を棒グラフになぞらえるならば、就職を機に幸福度はぐっと減少し、30代~40代に底を打ち、50~80代にかけてはゆっくり上昇していくと言われています。所謂ネガティブバイアスは、若い人の方が老人よりも強いと言われています。

 

〇脳は酒が好きである

国立衛生研究所のギルマン博士の研究によると、平均26.5歳の男女12名にアルコールを静脈注射したところ、脳の報酬系、快楽を感じた時に反応する線条体という部位が活性化しました。つまり、人間にとって、アルコール=快楽という訳です。

また、アルコールを投与された人は「恐怖に怯える人の顔」を見せても、人間が不安や恐怖を感じた時に反応する偏桃体という部位があまり活性化しなかったことも実験の中で認められました。

つまり、アルコールを摂取すると、恐怖心が薄れ、気持ちが大きくなるという訳です。

さらに、動物実験の中で、母親が妊娠中にアルコールを飲んだネズミの子は、生まれた後により多くのアルコールを飲むようになったことも認められています。これは、胎児の時にアルコールに触れたことで、アルコールに対する嫌悪感が薄れたことを著しています。

 

〇何となく好き/嫌いの正体

理由はないけど何となく好き、あるいは嫌いというものが誰しもあるのではないでしょうか。もしかしたらそれは幼少期の経験が大きく影響しているのかもしれません。

白いウサギのぬいぐるみを乳児の近くに置き、乳児が近づいたときに大きな音を鳴らすという実験を行ったところ、実験を繰り返すうちに、乳児はぬいぐるみに近寄るどころか、白いものや、ウサギに似ているものまで嫌いになるということが確認されています。

好きや嫌いという感情は、無意識のうちに醸成されてきたものと言えるかもしれません。

 

〇人間の持つ「自由意志」ってそもそも何だ

脳科学の最新研究は、人間の神聖な自由意志の神話さえつき崩していこうとしています。

例えば、ものを指さし、その際に左右どちらで指指してもよい、という実験を行った際、右でものを指さした人→60%、左で指さした人→40%という結果でした。しかし、右脳を頭蓋外部から磁気刺激して再び同じ実験を行ったところ、今度は右で指さした人→20%、左で指さした人→80%という結果に変わりました。

しかし、それでも被験者たちは、あくまでも自分の自由意志で指す指を選んだ、ということを疑いませんでした。

 

また、マックスプランク研究所のヘインズ博士は、「心」がいつ生まれるか、ということを検証しようとして、次のような実験を行いました。

①超手でレバーを握る

②テレビモニターに「nprcv..」など無秩序にアルファベットが表示される

③好きなところで両手のボタンのどちらかを押してもらう。

 

この実験中に脳波の測定を行ったところ、脳はボタンを押す7秒も前から、脳の補足運動野という部位が活動を開始したことが分かりました。つまり、被験者がボタンを押す、と思った時点よりずっと前から、押したいという感情が生まれていたことが分かりました。

補足運動野に障害がある人は、無意識に手や足が動いてしまうことで知られています。

また、頭頂葉の一部分を電気刺激したところ、手や腕、唇など、特定のパーツを動かしたくなる意志が生まれたこともわかりました。

さらに、前頭葉前運動野という部位を刺激すると、身体のパーツが自分の意志とは無関係に動くということが分かりました。

実験から、実際に身体が「動くこと」「動かしたいと意志すること」「動いたと実感すること」これらは全て別物であることが明らかになりました。

原理的には、個人の意志とは無関係に、脳の電気刺激だけで感情や身体をコントロールしてしまうことも可能ということです。

 

〇「神」の神経回路

人間が有する他の動物には持っていない能力、それは実際には存在しないものを想像する力です。脳科学の知見により、神秘、オカルト、超常現象とされてきたものの正体が徐々に明らかになってきました。

それらの答えは、実は脳の中に眠っています。人間の脳のこめかみより少し後部、側頭葉のあたりを磁気刺激すると、存在しないはずのものの存在をありありと感じることが分かっています。900人以上で検証したところ、40%は何らかの超常現象を体験したことが確認されています。

ムハンマドが空中を漂ってエルサレムにたどり着いたというエピソードやキリストが荒野での修行中、悪魔に誘惑されたというエピソード、パウロが旅の途中に強烈な光を感じてキリスト教に回心したという様なエピソードには、この、脳の側頭葉が関わっていそうです。

また、てんかん患者の1.3%は発作中に神秘的な体験をすることが知られています。

神の存在とは、人間の脳内にプログラムされた存在と言えるかもしれません。

 

〇脳と身体

脳と身体は常に相互作用を及ぼしており、身体活動は人間の心理を大きく左右しています。例えば、人は眠るとき、眠たくなるから眠る、というよりも、正確には、身体を横たえて、まぶたを閉じるから脳は睡眠の状態へと移行します。

出力が先なのです。

しかも、受動的ではなく、能動的に身体を動かす時にこそ、人間の脳は強く反応します。

実験として、①ネズミのヒゲにモノを接触させたとき、②ネズミが自らヒゲを動かしてモノに触れた時の脳の活動を比較したところ、身体活動を伴ったときの方が、ニューロンの活動が10倍も活性化しました。

この実験結果は、教育などにも大きな示唆を与えてくれそうです。

 

〇感想

脳科学の最新の研究は驚くほど進んでおり、人間の自由意志の神話までつき崩そうとしています。この辺りの話は、歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ博士の「ホモ・デウス」でも触れられています。もしも、人間には自由意志などない、と結論付けられたとしたら、その自由意志の神話に基づいて作られている自由選挙や職業選択の自由といった制度は一体どうなってしまうのでしょうか。

人間の脳を電気刺激するだけで人間をコントロールすることが出来るのであれば、そのような装置が開発・実用化されてもおかしくはありません。しかも、本人は操作されているという感覚さえないというのであれば、それは非常に恐ろしい話です。いずれにしても、今後はテクノロジーの進歩と併せて倫理についても議論していく必要がありそうです。人間の感情をコントロールしてよいものかどうか、人類は未だそれに対する答えを持ち合わせていません。だからこそ、今後の哲学のテーマは「生命科学と倫理」、「AIの活用と倫理」などになっていきそうです。

本書では脳科学で第一線を走り続けておられる池谷裕二さんが最新研究を用いて興味深い内容を一般の読者向けに提供しており、脳科学に少しでも興味がある人にとっては、頁をめくる手が止まらないような内容となっています。

「神の実在」を巡る議論は中世~近代に至るまで神学や哲学の重要テーマでしたが、脳科学研究が、人が神を実感するメカニズムまで明らかにしつつあるのは面白い点です。

また、脳科学や心理学を勉強しておくと、スーパーの陳列の仕方、広告の内容など、人間の心理効果を利用した消費者心理のつき方なども見えてきて面白いかもしれませんね。