サピエンス全史(上)
今回は、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ著のサピエンス全史(上)をご紹介します。2014年に発刊されると、世界中で大ベストセラーとなりました。本書では、ホモ・サピエンス200万年の歴史の中で起こった3つの革命、「認知革命」、「農業革命」、「科学革命」を中心テーマとして、それが人類・他の生物にどのような影響を与えたのかという点が主題となっています。
かつて、アフリカでほそぼそと暮らしていたホモ・サピエンスがいかにして食物連鎖の頂点に立ち、文明を気付くに至ったのか、ホモ・サピエンスの歴史、現代についての深い洞察がされています。
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」その謎を解くカギはサピエンスの歴史にこそ眠っています。
〇かつての兄弟たち
人類はかつて、ホモ=サピエンスだけではなく、複数の種族が共存していました約200万年前、太古の人類、アウストラロピテクスの一部が故郷を離れ、北アフリカ、ヨーロッパ、アジアの広い範囲に進出し、住み着きました。
ヨーロッパの暗くて雪の多い森、インドネシアの熱い密林などで生き抜くためにはそれぞれ異なる特性を必要としたため、異なる方向へと進化していきました。
〇かつていた人類たち
・・ホモ=サピエンスよりもたくましく、大柄。狩りが上手く、氷河時代のユーラシア大陸の寒冷化の気候に適応。
ホモ=エレクトス
アジアの東側に生きていた人類種。200万年近く生き延びる。
ホモ=ソロエンシス
インドネシアのジャワ島に暮らしていた。熱帯の気候に適応。島で矮小化。身長は最大で1メートル、体重は25キログラム程度。
10万年前の地球上には少なくとも6種もの人類が存在していました。
ホモ=サピエンスはこれらの人類をいわば駆逐する形で繁栄を極めました。その鍵は約7万年前に起きた認知革命にこそあります。
〇認知革命
認知革命とは、約7万年前~3万年前までの間にかけてホモ=サピエンスに起こった遺伝子の突然変異により、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通することが出来るようになった、一連の出来事を指します。
この革命によって、ホモ=サピエンスは他の人類種や動物を圧倒し、一気に生態系の頂点に躍り出ました。
【言語】
ホモ=サピエンスの意思疎通の方法である「言語」は非常に特異なものです。
いくらでも文章を創り出し、より詳細かつ正確な情報を伝えることが可能です。「あそこにライオンがいる」ということを伝えることが出来る動物は他にもいます。サバンナモンキーは、複数の種類の鳴き声を用いて、「ライオンがいる!」ということと「ワシがいる!」といったことを周りの仲間に伝えることが可能です。
そのほか、北米に生息するプレーリードッグは、「ガラガラ蛇が近づいてきた!」「ジャッカルが近づいてきた!」ということだけでなく、どれくらいの距離か、危険度はどれくらいか、ということまで鳴き声で伝達することが可能です。
しかし、ホモ=サピエンスの言語能力はそれに留まらず、もっと細かいニュアンス、「今朝、川の近くでライオンがバイソンの群れの跡を辿っているのを見た」というように、より、詳細な情報を伝達できる、という驚くべき柔軟性を持っています。
言語は、噂話のために発達した、という説があります。
誰が誰のことを嫌っているのか、誰がずるをしたのか、などといった情報は大きな集団の中では重要な情報となります。誰が信頼に値するのかを知ることは、大きな集団を維持すること、協力関係を築くためには非常に重要な情報となります。
また、さらにサピエンスの特異な特徴として、存在しないものについての情報を伝達する、というものがあります。(伝説、神話、神々、宗教など)
【虚構について語る能力】
「虚構」について物語ること、この能力を有するのは、地球上のあらゆる生物のうちでもサピエンスだけです。
この能力がなければ、聖書の天地創造の物語、近代の国民国家の神話、伝承などは生まれなかったでしょう。この能力は、際限のないほど大勢で協力する力をサピエンスに与えました。
「気をつけろ!ライオンがいる!」と伝えることが出来る動物は他にもいますが、「ライオンはわが部族の守護者だ!」と言うことができるのはサピエンスだけです。
この能力により、驚異的ともいえるチームワークを獲得したサピエンスは、他の人類種を絶滅に追い込み、他の動物種を次々に絶滅へと追い込みました。
人々の集合的意識に根差す共通の神話は今なお力を振るっています。国家という概念は国民国家の神話に基づき、経済は資本主義というイデオロギーに基づいて運営され、法制度は人権という概念を守るために創設されています。法人という概念は法的な虚構そのものです。ひとたび会社が法人格を与えられると、まるで人間のように振る舞います。法人は自ら口座を持つことも、法廷闘争の当事者になることもできます。
つまり、認知革命以降、サピエンスは海、山、川などの客観的現実の中だけでなく、想像上の現実の中でも生きるようになりました。
客観的現実・・山、川、海など
想像上の現実・・お金、人権、神、国家など
【最も危険な種】
大きな脳を持ちながら、約200万年もの間、取るに足らない生物に過ぎなかったサピエンスは、過去10万年間の間に突如として食物連鎖の頂点に躍り出ました。
それまでも大きな脳を持ち、道具を使い、社会的な連帯を有していたにも関わらず、大きな生物を狩るのは稀で、植物を集め、昆虫を捕まえ、肉食獣が残した死肉をあさっていたサピエンスの繁栄は、認知革命も手伝い、急速に進みました。
人類の台頭はライオンやサメといった生物とは比較にならないほど急速に進んだため、他の生物種は順応する暇がなく、そのことにより、サピエンスは地球上で最も危険な種となったのです。
私たちはつい最近までサバンナの負け組の一員だったため、自分の位置について不安と恐れでいっぱいで、そのためなおさら残忍で危険な存在となっている。
多数の死者を出す戦争から生態系の大惨事に至るまで、歴史上の災難はあまりに性急な飛躍の産物なのだ。(サピエンス全史より)
①火を手なずけたサピエンス
生態系の頂点への一歩は、火を手なずけたことにあります。火の使用は約30万年前のホモ=エレクトス、ネアンデルタール人、ホモ=サピエンスに遡ります。
火は不毛の藪を草原へと変え、焼け跡から焼けた木の実や動物、イモ類などを収穫できました。火を通したことにより、小麦や米、ジャガイモなどが食糧となり、噛むのも、消化するのも楽になりました。
②大洋の冒険者
サピエンスは陸上哺乳動物の中で唯一、新大陸を航海で渡った種族です。4万5千年前にオーストラリア大陸に渡ったサピエンスたちが目の当たりにしたのは、新大陸の楽園でした。有袋類の肉食獣、フクロライオン、ダチョウの2倍もの大きさの鳥、ジャイアントモア、体長2.5mのウォンバットなどが闊歩していました。
しかし、サピエンスが移住して間もなく、オーストラリア大陸で動物の大量絶滅が起こっています。実に大型動物の9割以上が姿を消しました。要因としては、サピエンスが環境を一変させてしまったこと&他の動物たちが環境の変化などに適用できなかったことなどが挙げられます。
サピエンスがオーストラリア大陸で行った焼き畑はその一例ですが、焼き畑の結果、植物では火に強いユーカリが分布を広げるようになり、植物相は大きく変化しました。それが動物相にも影響を与え、大量絶滅の原因をつくりました。
③世界各地への拡散
認知革命以降、サピエンスは世界各地へと進出し、その勢いは留まることを知らず、他のホモ属を追いやる結果となりました。
寒冷地にも適用し、大型のマンモスをも狩り、豊富な脂肪を得たり、毛皮を利用して衣服をつくるなどして繁栄したほか、氷河期に陸続きだったベーリング海峡を渡ってアラスカに到達し、さらに南下して北米、南米へと到達しました。シベリア~南米最南端の
アルゼンチンまで到達するのにたった1000年~2000年だったというから驚きです。
当時アメリカ大陸に生息していたオオナマケモノやサーベルタイガーといった大型の動物は、サピエンスの進出と時を同じくして姿を消していきました。
〇農業革命
BC.9500~8500年の間に世界各地で小麦の栽培、定住生活が始まりました。農業革命の始まりです。ヤギの家畜化はBC.9000頃、えんどう豆、レンズ豆の栽培はBC.8000頃、オリーブの栽培はBC.5000頃、ウマの家畜化はBC.4000頃に始まっています。
農業革命は人口爆発をもたらしましたが、その代償も少なくはなりませんでした。人類は穀物の世話のため、多くの時間を割く必要が生じました。小麦は岩や石を嫌うため、畑の管理をする必要があり、また、他の草を嫌うため、絶えず草刈りをする必要があり、虫や疫病から弱いために守ってやる必要があり、肥えた土を好むため、肥料を必要としました。
また、農業は脊椎や首、土踏まずに負担がかかるため、人間は腰痛などに苦しむようにもなりました。
【農耕社会】
農耕社会は非常に暴力に満ちた社会であったとの言われています。ひとたび土地を巡る戦争が起こると、負けた側は財産も土地も全てが奪われるため、闘争は命がけとなります。農耕社会においては、暴力が全死因の約15%を占めるという研究がある程です。
サピエンスは、より楽な暮らしを求めて農業を始めましたが、結果的に、大きな苦難を呼び込んでしまいました。しかも人口が増えたために元の生活には戻れなくなり、世代を重ねるごとに元の生活がどんなものだったかも分からなくなっていきます。
ぜいたく品は必需品になり、新たな義務を生じさせる。
(サピエンス全史より)
さらに、農耕により、未来という概念が重要となりました。来年の収穫量はどうなるのか、といった不確実な未来に備えるための蓄えが重要になってきます。以来、人類には未来への不安がつきまとうようになっていきます。
農耕は支配者やエリートたちを生み出し、農耕民はそれらを支えるために生産し続けました。食料余剰が生まれ、そうした余剰が政治、戦争、芸術、哲学などを生む原動力へとつながっていきます。
〇まとめ
サピエンス全史上巻のキーワードは、認知革命により、サピエンスが生み出した虚構=想像上の秩序でしょう。
そうした秩序は効率的な協力、より良い社会をつくるために生み出されてきました。
例えば、21世紀に生きる我々が固く信じている「人権」や「民主主義」「自由主義」「資本主義」といった概念もこれに含まれます。
アメリカ合衆国の独立宣言序文には以下のようにあります。
我々は以下の事実を自明のものとみなす。すなわち万人は平等に造られており、奪うことのできない特定の権利を造物主によって与えられており、その権利には生命、自由、幸福の追求が含まれる。
こうした想像上の秩序の維持は、人口の相当部分(特にエリート層や治安部隊)が信じているからこそ可能です。
想像上の秩序の維持は、現実的な力をもって我々に作用し、我々の欲望を形づくります。こうした秩序を変えるには、何十億人もの人々の意識を変える必要があります。イデオロギーに基づく運動、政党、様々な組織の力が働いてはじめて可能になります。
〇感想など
読んでいただけると分かりますが、非常に知的好奇心をくすぐられる内容です。著者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は「もしあなたが数十万年前のアフリカにいたら、もしあなたが中世のイスタンブールにいたら、、」など読者の想像力をかき立てる巧みな文章で人類進化の旅へとわれわれを誘ってくれます。
われわれも地球上に棲む他の動物と劣らず動物であること、サピエンスだけがもっている特性(その暴力的な側面も含め)をストレートに、かつ鋭い切り口で表現している本書はまさに痛快です。
狩猟採集時代から受け継いだ脳を持ちながら、宇宙にも進出し、地球を破壊出来るほどのエネルギーを持った核爆弾まで開発した人類はいったいどこへ向かうのでしょうか。
人類はどこへ向かうべきなのか、その問いに対する答えも人類史という鉱脈の中に眠っているかもしれません。