人工知能と経済の未来(文藝春秋)(井上智洋著)
人工知能と経済の未来 井上智洋著
~2030年雇用大崩壊〜
〇どんな本?
本書はAIの発達とこれからの雇用・経済について書かれた本です。
本書では、AI(Aeticicial Intelligence)発達に関するこれまでの歴史を踏まえ、これからのAIの発展が経済・雇用に与える影響について、考察しています。
AIの開発は、私たちの想像以上のスピードで進行しています。90年代から徐々に進み始め、1997年にはIBM社が開発した「ディープブルー」がチェスの世界チャンピオンを打ち負かしました。2000年代にはルールが複雑なため、コンピュータでは人間に勝てないだろうと予想されていた囲碁の分野でも、アルファ碁が当時の囲碁世界チャンピオンを打ち負かし、当時は話題となりました。日本でも、将棋の分野でAI対プロ棋士の七番勝負が開催され、プロ棋士の圧勝に終わりました。特に将棋におけるプロ棋士とAIの対局の中でAIは数々の独創的な手を披露しました。
【コンピュータソフト(ponanza)と佐藤天彦名人(当時)の対局の様子。】
Ponanzaは数々の独創的な一手を生み出し、名人に圧勝した。
この影響で、日本の将棋界においては、AIを用いた手筋の研究が盛んになり、今ではプロ棋士がAIを用いて研究を行っていくことも一般的となっています。
AIの進歩は卓上ゲームの分野にとどまりません。私たちが手にしているiPhoneに搭載されているSiri、Windowsに搭載されているCortana、自動運転技術や人間と会話をするロボット、家電の分野など幅広く進出してきています。一見、AIの発達は好ましいように思えますが、そう楽観視できない側面もあります。それは雇用との関係です。
将来、あらゆる仕事がAI、あるいはAIを搭載したロボットに代替していくかもしれません。
しかも、それは「今世紀の間」に起こるという様な悠長な話ではありません。本書では早ければ2030年から徐々に進行し、2045にはあらゆる仕事がAIに代替されてしまっているだろうという悲観的(?)な予測を立てています。さらに、驚くべきことに、代替されるであろう仕事の範囲にはほぼ例外はありません。オックスフォード大学などの研究も引用されていますが、それによると、将来AIやロボットに代替される可能性の高い職業の中には一般的な事務労働、飲食業や製造業に加え、税理士などの一部の知能労働、驚くことには漁師まで含まれています。このような技術の発達により雇用が失われる事態を「技術的失業」と呼びます。
もし、労働はロボットやAIに任せて人間はバカンスを楽しむような状況になればユートピアですが、雇用が奪われるにも関わらず、物価はそのままだったら悲劇的な状況になるでしょう。本書では、それに対する解決策も提示しています。
AI関連や、AIと経済・雇用に関する興味を持っている方にはおすすめの本です。
本書を読んでいく上でのキーワードを紹介したいと思います。
◯技術的失業
AIが発達していくに伴い、問題となるのが技術的失業です。そもそも、「技術的失業」とは何でしょうか?
「技術的失業」とは、「銀行にATMが出来て、窓口係が必要なくなり仕事を失う」とか、「音楽ダウンロード販売の普及により、街角のCD販売店が廃業に追い込まれ従業員が職を失う」といった失業のことです。(26ページ)
過去にも、こうした技術的失業が生じるのではないか、という懸念が生じたことがあります。18Cにイギリスで始まった、産業革命です。
例えば、蒸気機関を応用して作られた紡績機(糸を紡ぐ機械)が導入されるようになると、一人の労働者が綿花を糸に紡ぐ時間は500時間→3時間に短縮されました。
【産業革命時の綿工場の様子】
紡績機の導入は労働力を減らすため、自分の職が奪われるのではないかと考えた手織工や一部の労働者は1810年代、ラッダイト運動と呼ばれる機械打ち壊し運動を起こしました。
しかし、その時の技術的失業は一時的・局所的なものに過ぎませんでした。大量生産が出来る様になった結果、安く供給できるようになり、需要も増大したからです。
AIが人間の知能を超えて雇用が奪われるようになると、再びこの「技術的失業」が顕在化するのではないかと言われています。
◯なくなる職業
本書では、技術的失業の脅威を示している本として、アメリカの経済学者、エリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーによる「機械との競争」を紹介しています。
「機械との競争」では、雇用減少の被害を被るのは中間所得層であるとしています。中でも、「事務労働」が1番代替されやすく、ITの知識を持った労働者とそうでない者との間で格差が非常に大きくなると予測しています。
◯シンギュラリティ
コンピュータが全人類の知性を超える未来のある時点のことをシンギュラリティ(技術的特異点)といいます。
アメリカの著名な発明家、レイ・カーツワイルが、技術に関する未来予測の書、「シンギュラリティは近いー人類が生命を超越するとき」(2005年)で紹介したことで、世界的に有名になりました。カーツワイルは、その中でシンギュラリティは2045年に訪れると述べています。2045年頃には、家電量販店で買える10万円くらいのPC一つで、全人類の脳と同等の情報処理が可能になると言われています。
カーツワイルはまた、GNR革命(G=Genetics(遺伝子工学)、N=Nanotechnology(ナノテクノロジー)、R=Robotics(ロボット工学))がシンギュラリティの到来を可能にすると述べています。
Gの発達により、人造肉が可能になり、NとRの発達により、治療用ナノロボットの開発が可能になります。
また、さらに、SFチックに聞こえますが、人間の意識をコンピュータ上に移し入れることが可能になるといいます。そのように、コンピュータ上に人間の脳とそっくりなソフトウェアを再現する事を、マインドアップローディングといいます。
◯ディープラーニング
20世紀まで、コンピュータは人間が予めパターンなどを教え込んでおかないと事物を認識できませんでした。ところが、2006年、イギリスのAI研究者、ジェフリー・ヒントンが考案したディープラーニングがブレイクスルーを引き起こし、AI研究におけるメインストリームとなっています。
ディープラーニングとは、簡単に言えば、AIが予め人間が情報を教え込んでいない状態でも、自らの試行錯誤によってパターンを見出し、世界を認識していくような技術です。
今はまだ言語を自分で理解して操るまでには至ってはいませんが、言語の壁を突破した先に実現するのではと言われているのが、「汎用AI」の実現です。
◯汎用AI
汎用AIとは、あらゆる課題、目的に対応できるようなAIの事を指します。チェスや将棋のみならず、人間との会話や家事をすることもできるようなAIです。
本書では、汎用AIの実現のため、二種類の研究が進んでいると書かれています。
①全脳エミュレーションと
②全脳アーキテクチャ
です。
①の全脳エミュレーションは、人間の脳の神経系を丸ごとコピーして再現しようというもので、
②の全脳アーキテクチャは、脳の各部位(海馬や大脳新皮質など)の機能をプログラムとして再現し、後で結合する方法です。
①は途方もなく時間がかかる事が予想されるため、現在のところ、②の全脳アーキテクチャ方式による汎用AIの実現が濃厚です。
今までの産業革命は機械化により、生産を効率化し、供給量を増やし、特に工業分野で雇用が減少せていきましたが、これからはサービス業でも効率化がどんどん進み、労働の需要が減っていく、すなわち技術的実業が大量に生じてくると予測されています。
著者は、汎用AIが実現すると、サービス業も徐々に人間を雇用する代わりにAIやロボットを導入するようになり、
①クリエイティビティが必要な仕事
(例:作家、芸術家など)
②ホスピタリティが必要な仕事
(例:介護士、看護士)
③管理、マネージメント系の仕事
を除き、徐々に労働者の需要が減っていくとの予測をしています。
しかも、それらの職業も安泰というわけではなく、その中でも高いスキルを持った人ばかりに需要が集中していくといいます。
また、やや自虐的に、自らの教授という職業もAI教授なるものが現れたら失くなってしまうかもしれないと予測しています。
そして、汎用AIの登場は2030年ごろであり、2045年ごろには全人口の1割程度しか働いていないという驚くべき未来が予測されています。
◯第四次産業革命
現在は、コンピュータの台頭による第三次産業革命から、AI、ロボット中心の第四次産業革命への移行期にあたると著者は述べています。
内燃機関やモーターを中心に第二次産業革命が起きましたが、その時、ヨーロッパとアジア・アフリカは完全に出遅れたため、ヨーロッパとそれ以外の格差は大きく広がりました。第三次産業革命は90年代のwindows発売に象徴される、インターネット革命で、今、私たちはまさにこの時代の中にいます。そして、これからAI、ロボットの研究によって来るだろうと言われているのが第四次産業革命です。
この第四次産業革命の覇権をどこの国が握るのか、(アメリカ?中国?ドイツ?日本?)競争は熾烈を極めているところです。
雇用が減ってしまうとしても、この波に乗り遅れてしまうと、覇権を取った国との間では天と地ほどの差が生まれ、経済成長など見込めない状態に陥る可能性があります。
そのため、技術的失業が増えるとしても、AI研究をやめる事ができない事情があるのです。
◯BI(ベーシックインカム)
本書では、2030年頃から汎用AIが登場し、2045年ごろには全人口のうち、労働者が1%しかいない未来を想定しています。
しかし、仮にそうなった場合でも、人間にとってユートピアが実現する訳ではありません。
物価が変わらない場合には、殆どの人にとっては悲劇となります。
著者は、そのような場合に備え、BI(ベーシックインカム)を導入すべきと主張しています。
BIとは、最低賃金保証を指します。生活保護の様に対象者を絞るのではなく、全ての国民に均一的に金銭を支給するというものです。
その分の財源は税金で賄うべし、としています。
この点については、社会全体での議論が必要であると思います。所得税を財源とすれば裕福な人は反対しますし、消費税が上がれば貧しい人ほどより困窮する事態になりかねないからです。
◯おわりに
シンギュラリティがいつ来るのか、非常に興味深いところです。この本が出版されたのが2017年ということを考えると、レイ・カーツワイルの予言は予想よりも早く実現するかもしれません。ここ数年、AIは私たちの想像を超えるスピードで発達しているように感じます。自動運転の精度は年々高まっており、国内で販売される車の全てが自動運転機能を搭載する時代もそう遠くはないと思います。また、ディープラーニングにより、人の顔を識別する技術は格段に向上しています。十年前までは、コンピュータの人の顔を見分ける能力は非常に低く、とても任せることができない状態でしたが、今や人の目よりもAIの方がよっぽど信頼できます。
もし、あらゆる仕事がAI、ロボットに代替されていくということが起きれば、第二次産業革命の時のように、AI・ロボット打ち壊し運動(ラッダイト運動)が起こるかもしれません。
個人的な実感としては、以前、回転寿司店に行った際、pepper君が受付をやっているのを見て、非常に脅威を感じたのを覚えています。pepper君は疲れることがありませんので、365日出勤可能ですし、職場に不満を感じることもありません。仮に自分が経営者だったら、人件費を抑えるためにアルバイトを募集する代わりにpepper君を購入するかもしれません。
AIの研究と合わせて、雇用政策や金融政策も考えていく必要がありそうです。 レイ・カーツワイルは人工知能と人間が融合したトランスヒューマニズムの到来を予期しており、その意味ではAI発達の流れを楽観的に捉えています。人工知能が人間の脳と結合すれば、人間は神のような知性をもった動物にアップグレードするかもしれません。しかし、それは先進国の、ごくわずかな富裕層のみに限定されるでしょう。そうすれば格差はかつて人間が経験したことのないレベルにまで増大するものと思われます。何せ、これまで人間同士の格差に過ぎなかったものが、AIによりアップグレードされた超人と人間との格差になる訳ですから。
(このあたりに興味のある方は是非、ユヴァル・ノア・ハラリ著「ホモ=デウス」を読んでみてください。)しかしそもそも、AIと人間との融合が上手くいかない可能性も高いと思います。人間の思考を自在にコントロールするために悪用される可能性も否定できません。トランスヒューマニズムにつきましては、もっと議論されるべき問題であると思われます。
本書では、AI、ロボットを中心とする第4次産業革命に伴う雇用崩壊への解決策として、BI(ベーシックインカム)の導入が推奨されております。しかし、 BIの導入しかないとしても、議論は必要でしょう。富裕層は反発するでしょうし、個人的にはマイナンバーと銀行口座が紐付けされるといったことには強い抵抗を覚えます。BIの導入により、第四次産業革命がユートピアになるとする本書の見方はやや楽観的過ぎるとも思えますが、生活保護では持たないというのは本書の言う通りであると思います。
いずれにしても、今のうちから社会全体で議論していくことが大切であると思います。