読書の森〜ビジネス、自己啓発、文学、哲学、心理学などに関する本の紹介・感想など

数年前、ベストセラー「嫌われる勇気」に出会い、読書の素晴らしさに目覚めました。ビジネス、自己啓発、文学、哲学など、様々なジャンルの本の紹介・感想などを綴っていきます。マイペースで更新していきます。皆さんの本との出会いの一助になれば幸いです。

「1984」(ジョージ・オーウェル)の内容、感想など

f:id:kinnikuman01:20211119202601j:image

「1984」 ジョージ・オーウェル

ビッグブラザーがお前を見ている」

1949年に刊行されたイギリスのジョージオーウェル執筆のディストピア小説
全体主義国家によって統治された近未来の恐怖を描いています。
出版当初から冷戦下の英米において爆発的に売れ、同じくオーウェルが著した「動物農場」などとともに反共主義のバイブルとなりました。
発刊から70年以上が経過した現在においても、色褪せるどころか、リアリティを増してきている作品です。ディストピア小説としては、以前本ブログでも紹介した「華氏451度」と並び、外せない作品となっています。

 

あらすじ


1950年代に勃発した第三次世界大戦の核戦争を経て、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという巨大な三大国によって分割統治された。本作における舞台は、そのうちのオセアニア地域である。オセアニアでは、ビッグブラザーを頂点とした共産主義体制が敷かれている。常に物資は欠乏し、思想・言語などあらゆる事柄に統制が加えられている。

f:id:kinnikuman01:20211121131754j:image

ビッグブラザー


党員は常にテレスクリーンと呼ばれる双方向テレビジョン、さらに、街中にはマイクやカメラがそこかしこに仕掛けられており、屋内、屋外、昼夜を問わず、常に当局から監視されている。


主人公は、オセアニアの構成地域の一つ、「エアストリップ・ワン」(旧ロンドン)に住むウィンストン・スミス。彼は、真実省という役所に務める下級役人で、日々、スピーチや文書の改ざんを行っていた。


ウィンストンが物心ついたときに見ていた旧体制やオセアニア成立時の記憶などは、常に記録が改ざんされてしまうために定かではない。オセアニアでは、かつてどこと戦争をしていたとか、どこと同盟を組んでいたかなどの歴史も絶えず改ざんされていた。


ウィンストンは古道具屋で買ったノートに日記を書くという、禁止された行為に手を染める。ウィンストンは党、体制への反感を募らせていた。
「二分間ヘイト」の時間に遭遇した創作局で働く若い女性、ジュリアから突然手紙で告白され、出会いを重ねて愛し合うようになる。プロレ(労働者たち)が住むエリアにチャリントンという老人が営む小道具店を見つけ、隠れ家としてジュリアと過ごすようになる。


さらに、ウィンストンは、「ブラザー連合」という名の反体制勢力が存在するとの噂を聞いており、彼らに接近したいと考えていた。ウィンストンは、彼がブラザー連合の一員であると睨んでいた党中核の高級官僚の一人、オブライエンとの接触に成功する。ウィンストンは、オブライエンに、現体制への反感、ブラザー連合に加わり、現体制の打倒に加わりたいことなどを告白する。オブライエンは、ウィンストンに、オセアニアでは党の離反者であり、憎悪の対象となっているエマヌエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を手渡した。それを読んだウィンストンは体制の裏側を知ることとなる。


しかし、思想警察であったチャリントンの密告により、ジュリアとウィンストンは思想警察に捕らえられ、「愛情省」で尋問と拷問を受けるようになる。最終的に彼は愛情省の101号室で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑される日を想って党を心から愛するようになった。

 

登場人物


ウィンストン・スミス(Winston Smith)
本作の主人公。39歳の男性。真実省記録局に勤務。キャサリンという妻がいるが、別居中。しばしば空想の世界に耽り、現体制の在り方に疑問を持つ。テレスクリーンから見えない物陰で密かに日記を付けており、これはイングソック下において極刑相当の「思考犯罪」行為に値する。見捨てられた存在であるプロレ達に「国を変える力がある」という考えの持ち主。ネズミが苦手。

 

ジュリア(Julia)
本作のヒロイン。26歳の女性。真理省創作局に勤務。表面的には熱心な党員を装っているが、胸中ではウィンストンと同じく党の方針に疑問を抱いている。他方、党の情報の改竄など、自分自身にあまり関係のないことには興味がない。ウィンストンに手紙を使って告白し、監視をかいくぐって逢瀬を重ねる。

 

オブライエン(O'Brien)
真理省党内局に所属する高級官僚。他の党員と違い、やや異色の雰囲気を持つ。ウィンストンの夢にたびたび現れる。秘密結社『ブラザー連合』の一員を名乗り、エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書をウィンストンに渡すが、実際はウィンストンとジュリアを捕らえるために接近する。人心掌握の術に長け、二重思考を巧みに使いこなす。

 

トム・パーソンズ(Tom Parsons)
ウィンストンの隣人。真実に勤務。肥満型だが活動的。献身的でまじめな党員。幼い息子と娘がおり、二人とも父と同じく完全に洗脳されている。

 

パーソンズ夫人(Mrs. Parsons)
トム・パーソンズの妻。30歳くらいだが、年よりもかなり老けて見える。親を密告する機会を虎視眈々と狙っている自分の子供達に怯えている。

 

サイム(Syme)
ウィンストンの友人。真理省調査局に勤務。言語学者でニュースピークの開発スタッフの一人。饒舌で、また頭の回転も速い。ニュースピークの「言語の破壊」に興奮を覚え、心酔している。

 

チャリントン(Charrington)
63歳の男性。思想警察。古い時代への愛着を持つ老人を装い、下町で古道具屋を営む。ウィンストンに禁止されたノートを売ったり、ジュリアとの密会の場所を提供したりと彼らを支えるが、後に政府へ密告する。

 

ビッグ・ブラザー(Big Brother、偉大な兄弟)
オセアニアの指導者。肖像では黒ひげをたくわえた温厚そうな人物として描かれている。モデルはヨシフ・スターリン

 

エマニュエル・ゴールドスタイン(Emmanuel Goldstein)


かつては「ビッグ・ブラザー」と並ぶオセアニアの指導者であったが、のちに反革命活動に転じ、現在は「人民の敵」として指名手配を受けている。「兄弟同盟」と呼ばれる反政府地下組織を指揮しているとされる。党によれば、いかにも狡猾そうで山羊に似た顔立ちの老人。モデルはレフ・トロツキー。ゴールドスタインという名は、トロツキーの本名「ブロンシュテイン」のもじり。

 

政府

党は、ビッグブラザーによって率いられる唯一の政党である。ビッグブラザーは国民が敬愛すべき対象であり、町の至る所にビッグブラザーがあなたを見ている(BIG BROTHER IS WATCHING YOU)」という言葉とともに彼の写真が貼られている。しかし、その正体は謎に包まれており、実在するかどうかも分からない。


党最大の敵は、「人民の敵」エマニュエル・ゴールドスタインである。彼はかつてはビッグブラザーとも並ぶ権力者であったが、離反し、党を転覆させるための陰謀を企て、やがて謎の失踪を遂げたとされている。


党のイデオロギーは、「イングソック」と呼ばれる一種の社会主義である。核戦争後の混乱の中、社会主義革命を通じて成立したようだが、誰がどのような経緯で革命を起こしたかなどは明らかになっていない。
党の三つのスローガンは至るところに表示されている。

戦争は平和なり (WAR IS PEACE)
自由は隷属なり (FREEDOM IS SLAVERY)
無知は力なり (IGNORANCE IS STRENGTH)

 

ロンドン市内には政府省庁の入った四つのピラミッド状の建築物がそびえ立っており、4棟のそれぞれに先述の3つのスローガンが書かれている。省庁名は後述のダブルスピークにより、本来の役目とは逆の名称が付けられている。

 

平和省
軍を統括する。オセアニアの平和のために半永久的に戦争を継続している。

 

豊穣省
絶えず欠乏状態にある食料や物資の、配給と統制を行う。


真実省
プロパガンダに携わる。政治的文書、党組織、テレスクリーンを管理する。また、新聞などを発行しプロレフィードを供給するほか、歴史記録や新聞を党の最新の発表に基づき改竄し、常に党の言うことが正しい状態を作り出す。愛情省と共に「思想・良心の自由」に対する統制を実施。

 

愛情省
警察権を持ち、個人の管理・観察・逮捕、反体制分子(とされた人物)に対する尋問と処分を行う。被疑者を徹底的に拷問と洗脳にかけ、最終的に党のほうが正しいと反体制思想を自分の意思で覆させ、ビッグ・ブラザーへの愛が個人の意志に優るようにし、その後処刑する。真理省と共に「思想・良心の自由」に対する統制を実施。

 

国民

党は、中枢の党中枢、一般党員の党外局で構成される。
党中枢はかつて労働者の作業着であった黒いオーバーオールを着用、能力によって選抜される。
党外局は青いオーバーオールを着ており、実務の大半を担う官僚である。
その他、プロレと呼ばれる労働者階級が人口の85%を占める。
党の専らの監視対象は一般大衆ではなく、中層階級(党外局員)である。愛情省の思想警察(思考警察)に連行され「蒸発(強制失踪)」してゆく。「蒸発」した人間は存在の痕跡を全て削除され、その者は初めからこの世に存在していなかった、ニュースピークで言う「非存在」として扱われる。


一般大衆たち(プロレ)は党からはあまり脅威であるとはみなされておらず、党から厳しい監視を受けているわけではない。プロレは識字率も低く、知的水準も低い。彼らの居住区では日々犯罪が横行している。 

 

用語

ニュースピーク(New speak)新語法
思考の単純化と思想犯罪の予防を目的として、英語を簡素化して成立した新語法。語彙の量を少なくし、政治的・思想的な意味を持たないようにされ、この言語が普及した暁には反政府的な思想を書き表す方法が存在しなくなる。
新語法(ニュースピーク)辞典が改定されるたびに語彙は減るとされている。それにあわせシェークスピアなどの過去の文学作品も書き改められる作業が進められている。改訂の過程で、全ての作品は政府によって都合よく書き換えられ、原形を失う。ニュースピークの究極形は全ての事をたった1語で表現できるようになる事だという。

 

二重思考ダブルシンク

ダブルシンク(doublethink、二重思考)は、「1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち、同時に受け入れることができる」という、オセアニア国民に要求される思考能力。「現実認識を自己規制により操作された状態」でもある。

2 + 2 = 5(Two plus two makes five)は、二重思考ダブルシンク)を象徴するフレーズの一つ。ウィンストンは当初、党が精神や思考、個人の経験や客観的事実まで支配するということに嫌悪を感じて(「おしまいには党が2足す2は5だと発表すれば、自分もそれを信じざるを得なくなるのだろう」)自分のノートに「自由とは、2足す2は4だと言える自由だ。それが認められるなら、他のこともすべて認められる」と書く。後に愛情省でオブライエンに二重思考の必要性を説かれ拷問を受け、最終的にはウィンストンも犯罪中止と二重思考を使い、「2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4と5にもなりうる」ということを信じ込むことができるようになる。 

 

政府が過去を改竄し続けているのは、党員が過去と現在を比べることを防ぐため、そして何よりも党の言うことが現実よりも正しいことを保証するためである。党員は党の主張や党の作った記録を信じなければならず、矛盾があった時は誤謬(ごびゅう)を見抜かないようにし、万一誤謬に気づいても「二重思考」で自分の記憶や精神の方を改変し、「確かに誤謬があった、しかし党の言うほうが正しいのでやはり誤謬はない」ということを認識しなければならない。


オブライエンの言によれば、かつての専制国家は人々に対しさまざまなことを禁止していた。近代のソ連ナチス・ドイツなどは人々に理想を押し付けようとした。今日のオセアニアでは人々はニュースピークやダブルシンクを通じ認識が操作されるため、禁止や命令をされる前に、すでに党の理想どおりの考えを持ってしまっている。党の考えに反した者も、最終的には「自由意思」で屈服し、心から党を愛し、党に逆らったことを心から後悔しながら処刑される。

 

ダブルスピーク
ダブルスピーク(doublespeak、二重語法)は、矛盾した二つのことを同時に言い表す表現である。『1984年』作中の例でいえば「戦争は平和である」や「真実省」のように、例えば自由や平和を表す表の意味を持つ単語で暴力的な裏の内容を表し、さらにそれを使う者が表の意味を自然に信じて自己洗脳してしまうような語法である。他者とのコミュニケーションをとることを装いながら、実際にはまったくコミュニケーションをとることを目的としていない。

 

感想・考察


ご紹介したように、「1984」では、二重思考ダブルシンク)、ニュースピーク、二分間ヘイト、ヘイトウィークなど、独特の用語が用いられています。本書はソ連社会主義がモデルになっていると考えられますが、流石のソ連もここまでは統制が進んでいなかったようです。


このような独特の用語、世界観を創り出したジョージ・オーウェルには驚嘆の意を隠せません。
中でも恐ろしいのが、テレスクリーンの存在です。部屋にはテレスクリーンが設置されており、音量は下げることが出来るものの消すことが出来ず、いつどのタイミングで監視されているか分からないという設定がたまらなく恐ろしいです。


この設定は、パノプティコンと呼ばれる円形型の刑務所の仕組みを連想させます。パノプティコンとは、18世紀末に哲学者のJ.ベンサムが考案した刑務所のモデルです。円形になっており、中央には監守塔が立っていて、全ての独房を見渡すことが可能です。特殊なガラス張りで、囚人の方からは監守を見ることが出来ませんが、監守の方からは常に囚人が見える状態になっているというのがポイントです。つまり、囚人からすると、いつ監守に見られているか分からない恐怖に晒されることになります。この時の心理状態を「監獄の内在化」として分析したのが、フランスの哲学者、ミシェル・フーコーでした。


現代の日本人も十分この心理状態を経験していると思います。例えば、コロナ禍で「自粛警察」や「マスク警察」というワードを度々耳にしました。こういった事態はまさに本作における「思想警察」を連想させます。常に見られているかもしれないという恐怖が自分の中に内在化され、それは実際的なパワーを持って自分自身を縛ります。
「自粛警察」や「マスク警察」をされている方々は純粋な正義感ゆえに活動されているのかもしれませんが、自ら相互監視社会への流れを推し進めてしまっていることについてもご自覚頂きたいところです。


さらに、「1984」の世界では二重思考という恐ろしい論理が働いています。党が2+2=5だと言ったら2+2は5である事を信じなくてはなりません。それが真実であるか否かは関係ないのです。人間には悲しい事に、何度も同じことを反復して言われると、それが嘘であっても信じてしまうという性質があります。この人間の性質は、絶えず利用されてきました。有効なプロパガンダとなるためには、それが何度も何度も大衆の目に触れるようにしておく必要があります。

第二次世界大戦時や冷戦化の東西陣営は、軍拡競争のみならず、プロパガンダ合戦を繰り広げていました。

現代はsnsなども発達しているため、昔ほどプロパガンダは有効に作用しないとは思いますが、同じ過ちを犯さないためにも、我々現代人はよく心に留めておく必要があると思います。

本書は全体主義の究極を描いた作品であり、読んだ方は震え上がることでしょう。コロナ禍を機に、全世界で人々への統制が強まっている今だからこそ、「1984年」を読む意味は大いにあると思います。全体主義の到来を防ぐ責任は、私たち一人ひとりに掛かっているのではないでしょうか。