「脳科学は人格を越えられるか?」(エレーヌ・フォックス著)の紹介
今回ご紹介したい本は、エレーヌ・フォックス著「脳科学は人格を変えられるか?」です。本書は、「楽観的なものの見方を身につけ、良い方向に人生を好転させる」という点に主眼を置いて書かれています。脳科学的な観点からネガティブな脳の回路=「レイニーブレイン」、楽観的な脳の回路=「サマーブレイン」と名付け、それぞれの特徴を脳科学的な見地から明らかにするとともに、サマーブレインの回路をより強くするために有用な考え方や習慣がたくさん紹介されています。
「感情は脳の中でどのように生み出されるのか知りたい」、「ポジティブなものの考え方を身につけたい」といった方にはおすすめの一冊です。
本書のエッセンスをご紹介します。
〇脳の回路-レイニーブレイン、サマーブレイン
本書での呼称として、ネガティブな脳の回路=レイニーブレイン、ポジティブな脳の回路=サマーブレインと紹介されております。
この回路の反応の仕方は人によって微妙に異なり、遺伝的な要素、経験する出来事が複雑に関連して、人格(=性格)が形成されていきます。著者によると、人間の脳は柔軟性に富んでいるため、心の癖、困難、喜びに対する脳の反応を変えれば、性格を変えることも夢ではないといいます。
本書では、アフェクティブ・マインドセット(心の姿勢)を変化させるための手法が紹介されています。
①サニーブレインの回路
前頭前野(=衝動の抑制、ブレーキの役割)のニューロン、側坐核(=人間を快楽へと駆り立てる、アクセルの役割)との結びつきから、サニーブレインの回路は形成されていきます。
悲観主義者は、この回路があまり活発でなく、報酬に接近しようという意欲も弱くなります。
サニーブレイン=楽観主義の回路は、行動と結びつくことで、プラスに作用します。
②レイニーブレインの回路
レイニーブレインの回路は、恐怖を生み出す回路とされ、脳の原始的な領域に存在し、
活発化すると、一瞬で他の領域のコントロールを奪う程強烈に作用します。
原始的領域にある脳の緊急システム(=偏桃体)が血中にアドレナリンを放つことで呼吸や心拍数が増加し、闘争or逃走への準備へと駆り立てます。
また、偏桃体が活発化すると、視覚野の活動が高まり、ものをはっきり見定められるようになります。周囲に鋭敏、警戒的になりまあす。
さらに、脳の島皮質という部分で恐怖反応を恐怖感に変換します。
レイニーブレインの回路にも、サマーブレインの回路と同様、アクセルとブレーキが存在します、前頭前野の一部分が活性化することで偏桃体の働きを抑制することが可能となります。
レイニーブレインの回路のメリットは、生き延びる可能性を最大化し、リスクある行動を抑える防衛機能としての役割を果たすこと、デメリットは、過剰に活発化されてしまうと、ネガティブバイアスが確立されやすくなってしまう点にあります。
〇脳の回路の反応性
以上のようなサマーブレイン、レイニーブレインの回路の反応性には個人差があります。
サマーブレインの反応性が高い人はポジティブな状況により強く反応し、レイニーブレインの反応性が高い人は、マイナス面に着目することで危険を避けようとします。
レイニーブレイン型人格=「特性不安」に分類され、状態としての不安を頻繁に感じていたら特性不安度が高い指標となります。
また、どちらの回路の反応性が高いかは、遺伝的な要因も大きく作用しています。
〇人間の脳の柔軟性について
人間の脳は生涯、柔軟性を持ち続けます。
行動と思考、このニューロンの結びつきに影響を与えることで、脳の回路の働き方を変化させていくことが可能となります。
例えば、タクシー運転士は多様なルートを記憶するため、記憶を司る海馬が大きくなる。指をよく使用するピアニストの脳は前頭葉などが発達していく、など経験、学習によって変化していきます。
また、認知バイアス(=出来事について、どう解釈するのか)は個人によって大きな差がありますが、ものごとを別のやり方で見る訓練を積むことによって脳内回路に変化が生まれる可能性があります。
〇ポジティブバイアスを生み出すための方法
脳内でポジティブバイアスを意図的に生み出すことが可能なことが既に実験で明らかにされてきています。
①反論思考
マイナスな考えが浮かんで来たら、即座に、「事態はそう悪くないかもしれない」「逆にチャンスかもしれない」など、自分自身に反論してみる。
→不安を和らげるだけでなく、レイニーブレインを形成する回路を変化させるかもしれないと言われています。
②感情ラベリング
心に浮かんだ考えにラベリングをすることで、偏桃体の働きが抑制されることが明らかになっています。
例えば、サメやクモ、蛇、ナイフなど恐怖を覚えさせる画像を見せた後にそれを人工物、自然などにカテゴリー分けする実験により、偏桃体の働きが弱まったことが明らかになっています。
サマーブレインの回路は繰り返し訓練することで強くなるため、認識の変更を繰り返し行うことで、ポジティブ回路の作用を強くしていくことも可能です。
③マインドフルネス
前頭葉を発達させることは、恐怖、不安などの感情をコントロールするためには有用です。
マインドフルネスとは、今、この瞬間に経験しているおのごと一つ一つに注意を向け、
(音、におい、感情、思考、、)心の中を透過させていくことです。これは、今から2500年も前にブッダが説いていた、悟りの境地に達するための精神の在り方にも通じています。
客観的な観察者として、自分自身を眺め、心配事が浮かんで来たら、「苛立たしい考えが浮かんできた」というように感情にラベリングをして、そのまま頭から過ぎ去られます。マインドフルネスは瞑想と親和性が高く、前頭葉の働きを強めるメソッドとして知られています。
④ゾーンに入る
俗に言う「ゾーン」に入った状態とは、心理学者、ミハイ・チクセントミハイが提唱したことで有名になった、「フロー体験」のことです。物事に時間を忘れて没入しているときに体験する心理状態です。
フロー状態にはいっているときには、ネガティブな考えなどは浮かんできません。自分の技量と挑戦の難易度の絶妙なバランスが取れているタスクに取り組んでいるときなどに、この「フロー体験」は経験しやすくなります。
〇感想など
書店で、何気なく手にとった一冊でしたが、食い入るように一気に読み終えてしまったのが本書です。脳科学と心理学が絡む内容がテーマとなっていますが、専門用語などは少なく、知識が無くともスラスラ読めてしまいます。
読了してみて、自分はレイニーブレイン型の回路が強いと実感しましたが、「学習・経験・習慣によって、脳の反応の仕方を徐々に変えていくことが出来る」というのが本書の結論なので、今後に非常に希望が持てました。
思うに、レイニーブレイン型の回路は、特に太古の人類にとっては、生存のために欠かすことのできないものであったと思います。あそこに猛獣がいるかもしれない、毒をもった蛇がいるかもしれない、という感覚は生きるためには不可欠であったと考えられます。しかし、ストレス要因が古代からかなり様変わりした現代社会にはややミスマッチなシステムと言えるかもしれません。
偏桃体が身体に指示するのは「闘争せよ」あるいは「逃走せよ」という内容であり、現代ではどちらも不可能なシチュエーションが非常に多いからです。
ネガティブな感情とうまく付き合いつつ、ポジティブなものの見方が出来るよう、徐々に訓練していきたいと思いました。