読書の森〜ビジネス、自己啓発、文学、哲学、心理学などに関する本の紹介・感想など

数年前、ベストセラー「嫌われる勇気」に出会い、読書の素晴らしさに目覚めました。ビジネス、自己啓発、文学、哲学など、様々なジャンルの本の紹介・感想などを綴っていきます。マイペースで更新していきます。皆さんの本との出会いの一助になれば幸いです。

「脳科学は人格を越えられるか?」(エレーヌ・フォックス著)の紹介

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今回ご紹介したい本は、エレーヌ・フォックス著「脳科学は人格を変えられるか?」です。本書は、「楽観的なものの見方を身につけ、良い方向に人生を好転させる」という点に主眼を置いて書かれています。脳科学的な観点からネガティブな脳の回路=「レイニーブレイン」、楽観的な脳の回路=「サマーブレイン」と名付け、それぞれの特徴を脳科学的な見地から明らかにするとともに、サマーブレインの回路をより強くするために有用な考え方や習慣がたくさん紹介されています。

「感情は脳の中でどのように生み出されるのか知りたい」、「ポジティブなものの考え方を身につけたい」といった方にはおすすめの一冊です。

本書のエッセンスをご紹介します。

 

〇脳の回路-レイニーブレイン、サマーブレイン

本書での呼称として、ネガティブな脳の回路=レイニーブレイン、ポジティブな脳の回路=サマーブレインと紹介されております。

この回路の反応の仕方は人によって微妙に異なり、遺伝的な要素、経験する出来事が複雑に関連して、人格(=性格)が形成されていきます。著者によると、人間の脳は柔軟性に富んでいるため、心の癖、困難、喜びに対する脳の反応を変えれば、性格を変えることも夢ではないといいます。

本書では、アフェクティブ・マインドセット(心の姿勢)を変化させるための手法が紹介されています。

①サニーブレインの回路

前頭前野(=衝動の抑制、ブレーキの役割)のニューロン側坐核(=人間を快楽へと駆り立てる、アクセルの役割)との結びつきから、サニーブレインの回路は形成されていきます。

悲観主義者は、この回路があまり活発でなく、報酬に接近しようという意欲も弱くなります。

サニーブレイン=楽観主義の回路は、行動と結びつくことで、プラスに作用します。

 

②レイニーブレインの回路

レイニーブレインの回路は、恐怖を生み出す回路とされ、脳の原始的な領域に存在し、

活発化すると、一瞬で他の領域のコントロールを奪う程強烈に作用します。

原始的領域にある脳の緊急システム(=偏桃体)が血中にアドレナリンを放つことで呼吸や心拍数が増加し、闘争or逃走への準備へと駆り立てます。

また、偏桃体が活発化すると、視覚野の活動が高まり、ものをはっきり見定められるようになります。周囲に鋭敏、警戒的になりまあす。

さらに、脳の島皮質という部分で恐怖反応を恐怖感に変換します。

レイニーブレインの回路にも、サマーブレインの回路と同様、アクセルとブレーキが存在します、前頭前野の一部分が活性化することで偏桃体の働きを抑制することが可能となります。

 

レイニーブレインの回路のメリットは、生き延びる可能性を最大化し、リスクある行動を抑える防衛機能としての役割を果たすこと、デメリットは、過剰に活発化されてしまうと、ネガティブバイアスが確立されやすくなってしまう点にあります。

 

〇脳の回路の反応性

以上のようなサマーブレイン、レイニーブレインの回路の反応性には個人差があります。

サマーブレインの反応性が高い人はポジティブな状況により強く反応し、レイニーブレインの反応性が高い人は、マイナス面に着目することで危険を避けようとします。

レイニーブレイン型人格=「特性不安」に分類され、状態としての不安を頻繁に感じていたら特性不安度が高い指標となります。

また、どちらの回路の反応性が高いかは、遺伝的な要因も大きく作用しています。

 

〇人間の脳の柔軟性について

人間の脳は生涯、柔軟性を持ち続けます。

行動と思考、このニューロンの結びつきに影響を与えることで、脳の回路の働き方を変化させていくことが可能となります。

例えば、タクシー運転士は多様なルートを記憶するため、記憶を司る海馬が大きくなる。指をよく使用するピアニストの脳は前頭葉などが発達していく、など経験、学習によって変化していきます。

また、認知バイアス(=出来事について、どう解釈するのか)は個人によって大きな差がありますが、ものごとを別のやり方で見る訓練を積むことによって脳内回路に変化が生まれる可能性があります。

 

〇ポジティブバイアスを生み出すための方法

脳内でポジティブバイアスを意図的に生み出すことが可能なことが既に実験で明らかにされてきています。

①反論思考

マイナスな考えが浮かんで来たら、即座に、「事態はそう悪くないかもしれない」「逆にチャンスかもしれない」など、自分自身に反論してみる。

→不安を和らげるだけでなく、レイニーブレインを形成する回路を変化させるかもしれないと言われています。

②感情ラベリング

心に浮かんだ考えにラベリングをすることで、偏桃体の働きが抑制されることが明らかになっています。

例えば、サメやクモ、蛇、ナイフなど恐怖を覚えさせる画像を見せた後にそれを人工物、自然などにカテゴリー分けする実験により、偏桃体の働きが弱まったことが明らかになっています。

 

サマーブレインの回路は繰り返し訓練することで強くなるため、認識の変更を繰り返し行うことで、ポジティブ回路の作用を強くしていくことも可能です。

 

③マインドフルネス

前頭葉を発達させることは、恐怖、不安などの感情をコントロールするためには有用です。

マインドフルネスとは、今、この瞬間に経験しているおのごと一つ一つに注意を向け、

(音、におい、感情、思考、、)心の中を透過させていくことです。これは、今から2500年も前にブッダが説いていた、悟りの境地に達するための精神の在り方にも通じています。

客観的な観察者として、自分自身を眺め、心配事が浮かんで来たら、「苛立たしい考えが浮かんできた」というように感情にラベリングをして、そのまま頭から過ぎ去られます。マインドフルネスは瞑想と親和性が高く、前頭葉の働きを強めるメソッドとして知られています。

 

④ゾーンに入る

俗に言う「ゾーン」に入った状態とは、心理学者、ミハイ・チクセントミハイが提唱したことで有名になった、「フロー体験」のことです。物事に時間を忘れて没入しているときに体験する心理状態です。

フロー状態にはいっているときには、ネガティブな考えなどは浮かんできません。自分の技量と挑戦の難易度の絶妙なバランスが取れているタスクに取り組んでいるときなどに、この「フロー体験」は経験しやすくなります。

 

〇感想など

書店で、何気なく手にとった一冊でしたが、食い入るように一気に読み終えてしまったのが本書です。脳科学と心理学が絡む内容がテーマとなっていますが、専門用語などは少なく、知識が無くともスラスラ読めてしまいます。

読了してみて、自分はレイニーブレイン型の回路が強いと実感しましたが、「学習・経験・習慣によって、脳の反応の仕方を徐々に変えていくことが出来る」というのが本書の結論なので、今後に非常に希望が持てました。

思うに、レイニーブレイン型の回路は、特に太古の人類にとっては、生存のために欠かすことのできないものであったと思います。あそこに猛獣がいるかもしれない、毒をもった蛇がいるかもしれない、という感覚は生きるためには不可欠であったと考えられます。しかし、ストレス要因が古代からかなり様変わりした現代社会にはややミスマッチなシステムと言えるかもしれません。

偏桃体が身体に指示するのは「闘争せよ」あるいは「逃走せよ」という内容であり、現代ではどちらも不可能なシチュエーションが非常に多いからです。

ネガティブな感情とうまく付き合いつつ、ポジティブなものの見方が出来るよう、徐々に訓練していきたいと思いました。

 

 

 

 

 

知識ゼロでも楽しく読める心理学(西東社)

知識ゼロでも楽しく読める心理学(西東社

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今回ご紹介するのは、「知識ゼロでも楽しく読める心理学」です。心理学について、日常に活用できる考え方、モチベーションやメンタルヘルスにフォーカスして書かれているのが特徴です。非常に読みやすい内容でおすすめです。

簡単に概要をご紹介します。

 

〇モチベーションについて

人間のモチベーション=動機付けについては、大きく大別すると二種類あります。

〇外発的動機付け

 報酬、社会的評価、環境など、主に達成することに伴う報酬(金銭や社会的評価など)を期待して生じる動機。

 

〇内発的動機付け

知的好奇心(~をしたい)や理想に近付きたいなど、内的な理由に基づく動機。

 

そして、動機付けとして、より強いのは内発的な動機付けであるといいます。外発的な動機付けはあまり長続きしないとされています。

 

〇ドレス効果

ドレス効果とは、制服を着ると強気になるという効果です。警察官が制服を着るのも、実際的な心理効果があるからです。また、制服には役割を強調し、権威付けを行うという役割があります。医師が白衣を着る理由、ビジネスマンがスーツを着る理由、僧侶が袈裟を着る理由もこの効果があるからに他なりません。

この、「役割」が人間の行動に影響を与えたことを実証した実験として、スタンフォード監獄実験が挙げられます。スタンフォード監獄実験とは、1971年アメリカ、スタンフォード大学心理学部で行われた実験で、被験者の大学生を看守役、囚人役に分け、それぞれに役割を演じさせたものです。

2週間の間に、看守役は囚人役に対して徐々に行動をエスカレートさせ、ついには禁止されていた暴力行為まで発展してしまったため、実験は中止されました。

制服・役割が人間心理に与える影響は非常に大きいと言えそうです。

 

ポジティブ心理学

PERMA

ポジティブ心理学」にはポジティブになるための重要な要素の頭文字を取って、PERMAがあります。

Positive emotion  ポジティブな感情。

喜び、笑い、感謝など

Engoverment  没頭

興味のある活動に時間を忘れて没頭し、夢中になること。

仕事の効率性、生産性UP

Meaning 意味

自分の活動が人生や社会にとって有意義であり、重要であると思えること。

Achievement 達成

 

フロー理論

ポジティブ心理学の中にフロー理論と呼ばれるものがあります。

フロー理論とは、フロー体験(没頭している状態)が心をポジティブにするための鍵であるとする理論で、心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱した理論です。

フロー体験を得るためには、以下の様な条件が必要とされます。

・明確な目標があること

・高いレベルで集中出来ること

・自意識を失うほどの集中

・時間の感覚を失うこと

・結果がフィードバックされること

・目標に本質的な価値があること

・目標達成のためにチャレンジが必要なこと

・状況を自分で制御出来ること。

 

コーピング理論

ストレスを回避するための理論として、コーピング理論というものがあります。

コーピング理論については、以下2種類のアプローチがあります。

〇問題焦点型コーピング

原因の解決に焦点を当てたもので、ストレスの対象そのものの解決を目指すアプローチです。家族・友人への相談、支援の要請も必要になります。

〇情動焦点型コーピング

情動焦点型コーピングは、感情の制御に焦点を置くものです。ストレスに対する見方を変える、趣味や旅行などでリフレッシュを行うといった方法です。

 

HSPについて

HSPとは、High Sensitive Personの頭文字を取ったもので、近年、「繊細さん」と呼ばれ、徐々に認知されてきているものです。

HSPの人の特徴は、過剰な刺激を受けやすい(何気ない人の言葉に傷つく、映画、音楽に深く感動する。)かすかな刺激に反応しやすい(音、光、匂いなどに敏感)、感情反応が強く、共感力が高い、また、人混みや騒音、揉め事が苦手といった特徴があります。

ストレスを感じやすい反面、人の気持ちをよく理解でき、優れた感性を持っていると言えます。

HSPの人がストレスを感じた時には、ストレスを感じた内容を紙に書きだすなど、マイナスの感情を言語化すると効果的であると言えます。

 

ピグマリオン効果

ピグマリオン効果とは、相手に期待を込めると、期待を込められた相手は、その通りの効力を発揮しやすいというものです。ピグマリオンとは、ギリシャ神話の登場人物の名前です。現実の女性に失望したピグマリオンは、自ら彫った女性像に恋し、像が人間になることを願います。その願いが神によって叶えられるという話です。

アメリカの教育心理学者、ローゼンタールが提唱した効果です。

他者から期待を掛けられることでそれに応えようとする心理が働く、という効果であるため、企業の人材教育やマネジメントにも有用な考え方と言えそうです。

反対に、期待されないことで成績などが下がる効果をゴーレム効果といいます。

 

本書では、他にもアドラー心理学進化心理学行動経済学パブロフの犬実験など、

多岐に渡る内容が分かりやすく紹介されています。気になった方は是非読んでみてください!

 

 

サピエンス全史(下)の内容・感想など

サピエンス全史(下)

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今回ご紹介するのは、サピエンス全史(下)です。上巻はサピエンスの誕生から、認知革命、農業革命、科学革命の3つの革命を経て、繁栄を極めるに至った人類の歴史について俯瞰してきました。虚構を生み出すことによって何千、何万という個人が団結出来、宗教や神話、都市、国家を生み出したところが、人類が他の動物たちと圧倒的に異なる点であり、繁栄を極めた要因として分析されています。

サピエンス全史下巻では、宗教という超人間的秩序、科学革命がもたらした進歩主義産業革命、資本主義などについて深堀りした議論が展開されています。

教養に関する本は数え切れない程出版されていますが、巷の教養本を数十冊読むよりもはるかに多くの知見が得られる本であると思います。

面白いと思ったところをご紹介したいと思います。

 

〇宗教~超人間的秩序

宗教という超人間的秩序は、貨幣や帝国と並び、人類を統一するための要素の一つである。社会秩序とヒエラルキーは想像上の脆弱な構造に超人間的な正当性を与える。

本書において、宗教とは、超人間的秩序に基づく人間の規範と価値観の制度であると位置づけられています。

 

宗教と呼べるためには、大きく、2つの基準があります。

1.超人間的な秩序の存在(人間によってつくられたルールではないこと。)

2.超人間的な秩序に基づいた規範、価値観

 

この2つの条件を満たすものとして、自由主義的な人間至上主義、共産主義一神教多神教アニミズムなどを宗教として紹介しています。

宣教を行う宗教は、BC.1000年ごろに現れ始め、人類の統一に大きな貢献を成しました。

それまでは、アニミズムが主流で、人々は動植物、死者の霊、精霊を崇めていました。

その後、徐々に世界各地で多神教が誕生します。

多神教は、ギリシャや北欧などで隆盛を誇り、多数の神を信じていることから、宗教的寛容性が特徴的です。古代の多神教国家は、被支配民を改宗させようとはしませんでしたが、その代わり、帝国の神々、儀式を尊重するように求めました。

例えば、ローマ帝国では、キリスト教徒たちに、彼らの信仰や儀式をやめるように要求はしませんでしたが、帝国の守護神、皇帝の神性を尊重するように求めました。

キリスト教徒たちがこれを猛然と拒否したうえ、あらゆる妥協の試みを退けると、ローマ人はキリスト教徒を危険な団体とみなし、迫害しましたが、その迫害も本気のものとは言い難かったといいます。

キリスト教が誕生し、コンスタンティヌス帝が改宗するまでの300年もの間、ローマ皇帝キリスト教徒を迫害したのは計4回で、犠牲者は数千人出ましたが、その後、1500年もの歴史の中でキリスト教徒がわずかな教義の差で殺しあった結果、出た犠牲者の数は数百万人にも及びます。

特に、1527年8月23日に起こったフランスのカトリック教徒がフランスのプロテスタントコミュニティを襲撃した、バルトロマイの大虐殺では、5000~10000人のプロテスタントの命が奪われ、これは、ローマ帝国がその全存続期間中に迫害したキリスト教徒の人数を上回りました。

一神教は、それまでユダヤ教の一宗派に過ぎなかったパウロが宣教活動を始めたことから始まり、数百年かけてローマ帝国イスラム教の誕生とともに西アジア~インドまで広がりました。

今日、東アジア以外の人々は何かしらの一神教を信奉している状態となっています。

しかし、現代の一神教多神教からの影響も多分に含んだものになっており、キリスト教では、聖人たちが神殿で祀られている状態となっています。(聖アンデレ、マルコ、マタイ、アガティウス、、)

また、ゾロアスター教の流れを汲み、二元論的な価値観も取り込んでおり、新約聖書には、悪魔(サタン)も登場します。

一神教の中では、仏教は異質で、神を重要視していません。ゴータマシッダールタは人間の世が不安、落胆、憎悪、苦しみに満ちていることを認識し、その原因が渇愛にあることを見出し、その渇愛から自由になるための法を説いたものが仏教となりました。

 

〇科学革命

科学革命の特徴について、本書では以下の点を挙げています。

 

1.進んで無知を認める意志

私たちは全てを知っているわけではない、という前提に立ちます。また、私たちが既に知っていると思っていることも、後に誤りがある可能性があることを認めます。

 

2.観察と数学の中心性

 

3.新しい力の獲得

技術を用いて、テクノロジーの開発を目指す。

 

特に、1.の考えがそれまでの社会とは全くことなる考えであったことを指摘しています。

近代以前の社会では、重要なことは既に全て知られていると考えていました。全ての答えは聖典の中に存在し、書かれていないことは重要ではないものだと認識されていたのです。

その意味で、私たちに知らないことがあるという考え方は斬新であり、科学革命の原動力となりました。

イデオロギーと呼ばれるものは、科学的なものを一つ選び、それが絶対普遍のものであると宣言するという意味で、科学とは異なります。たとえば、マルクス主義などはイデオロギーに該当します。

この、進んで無知を認める意志は、ジェームズクック、マゼラン、チャールズ・ダーウィンに代表されるようなあらゆる探検、調査、そして征服につながることになります。

 

また、3.について、技術によって、力の獲得を目指すという考え方も、近代以前にはない、新しい考え方でした。

現代では、科学の価値は、何よりも、その有用性によって測られます。テクノロジーは、常にそれを用いた装置に変換されます。

現代の戦争は科学の所産であり、ドイツのV2ロケットジェットエンジン原子爆弾まで生み出しました。

19C.までの戦争は、テクノロジーの差よりも、戦略、組織、規律がものを言う時代でした。ローマ軍が強かった理由は、鉄の規律、大規模な予備兵力、効率的組織にあったと言われます。

また、爆竹は、中国で、道教錬金術師によって偶然発見されたと言われていますが、中世版マンハッタン計画を実行して、兵器を開発しようとする皇帝は現れませんでした。ヨーロッパの戦場で、大砲が決めてとなったのは、火薬の発見から600年も経ってからです。

テクノロジーの進歩が力をもたらすと考え始められたのは、割と最近のことなのです。

それまでは、進歩という概念は良いどころかむしろ、不遜ですらありました。神話には、人間が進歩することを諫めるような物語が多数存在します。旧約聖書バベルの塔イカロスの翼などが代表例です。

また、資本主義+産業革命により、科学・軍事・テクノロジー・産業が結びつき、科学研究は実用性が強調されていくことになります。

しかし、科学は、何がどうなっているかを解明するものの、それをどう使うべきか、という問いには答えてくれません。その答えを用意するのは、倫理や宗教、イデオロギーの役目となります。

 

〇資本主義~拡大するパイという資本主義のマジック~

西洋の発展は、科学革命と資本主義が結びついたことにより達成されたといっても過言ではありません。

科学革命が人類にもたらした大きな概念は、「進歩」です。現代に生きる私たちは、科学における新たな発見が人類を豊かにしていくということを信じて疑わなくなっていますが、少なくとも中世以前の社会では、そのように考えられていませんでした。世界全体としての富の総量は変わらないため、富を得るためには「どこかから奪ってくるしかない」という考えが普通でした。

科学の発展に伴い、進歩を疑わなくなった人間の中には、「将来への期待」が強くなります。そして、その期待に対して「投資する」という考えがうまれます。

「利潤を再投資せよ。」これが資本主義の大原則です。

アダム=スミスの「国富論」には次のようにあります。

 

冨を得た者は、富を使って投資し、更なる利益を得ようとする。利益を得ると、雇用も増え、全体の富の増加と繁栄に繋がる。「利己主義」が「利他主義」に繋がるのである。

以上の様なアダム=スミスの文章を読んでも何ら真新しいものに感じない理由は、私たちがあまりに資本主義的な考え方に慣れ親しんでしまっているからに他なりません。

資本主義の本質は、人々は他の人の財産を奪い取ることで利益を得ることではなく、利益を更に投資することによってパイ全体を大きくしていくことにあります。

中世以前の社会では、利潤を投資に回して生産量をさらに増やすという考え方は、一般的ではありませんでした。中世の貴族たちは、民衆から得た富を豪華な晩餐会、邸宅、戦争、大聖堂の建築などに使いました。

資本主義は、未来に対してこうした資本主義が科学と結びつくことによって力強いダイナミズムを生み出していくことになりました。

大航海時代、スペインのイザベラ女王は、金銀の鉱山開発、たばこのプランテーションによる利益を見込んだからこそ、コロンブスに投資することを決めました。

信用に基づいた投資が新たな地図上の発見を生み、植民地支配へとつなげ、さらなる大きな利益につながっていくことになります。

 

科学と人類の幸福

科学の発達は目覚ましく、人々の日々の生活は向上していきました。

バイオテクノロジーの発達などは目覚ましく、ゲノム編集により、記憶力が向上したマウスをつくることに成功するほか、ハエ型の情報収集機器(昆虫サイボーグ)などを生み出すことにも成功しています。

この先、ゲノム編集されたホモ=サピエンスが誕生したりするならば、人間同士の格差はこれまでにないほど拡大すると本書では私的されています。

また、脳と直接電子機器をつなぎ、他者の記憶を共有する技術さえ生まれる可能性があると言われています。

科学の力によって、サピエンスの力は大幅に増しましたが、それによって幸福がもたらされたとは言い難い部分があります。

人類にとっての幸福とは何か、今後の倫理学のメインテーマとなる問題でしょう。

 

感想など

上巻に引き続き、人類を席巻してきた宗教革命や科学革命、資本主義等について、非常に鋭い考察がなされています。

豊かな想像力によって、これまでの地球の歴史において前例の無い、様々な考え方や制度をつくってきた人類ですが、これからどこへ向かっていくのでしょうか?そして、そもそも人類にとっての幸福とは何なのでしょうか。

それらに対する答えを未だ人類は持ち合わせてはいませんが、本書では、サピエンスの歴史を学ぶことから「幸福について考える」という重要な視点を与えてくれています。

何度も再読する価値のある一冊であると思います。

 

心理学BEST100(内藤誼人著)の内容など

心理学BEST100 内藤誼人(ないとうよしひと)

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今回ご紹介するのは、内藤誼人さんが著した、心理学BEST100です。

内藤さんは一般向けの心理学の本をたくさん書いており、最近注目されている心理学者です。本書についても、全体的に日常に心理学をどのように応用するか」という観点から平易に書かれており、大学等で心理学を学んだことが無い方でも興味の持てる内容となっております。

仕事や日々の生活における心理テクニックについて、著者が厳選した100個もの内容が書かれているため、きっと興味のある内容も見つかるはずです。

詳しくは本書を読んで頂ければと思いますが、個人的に面白いと思った内容をいくつかご紹介しましょう。

【内容】

〇イヤなことをするときに楽しむコツ

イヤなことをしているとき、「楽しめたら、どんなに楽だろう!」と思ったことはありませんか?

本書では、そのような願望に対して、アイディアを呈示してくれます。

・イメージング

例えば、野球の練習が嫌いな場合、「楽しく練習している姿を具体的にイメージする。」というような方法があります。「具象イメージング」と呼ばれる方法です。

・セルフトーク

もう一つの方法として、「セルフトーク」と呼ばれるものがあります。

練習が嫌いな場合、「私は練習が好きだ!」というように自分に言い聞かせる方法がセルフトークです。

自分が嫌いなものについては、無条件に嫌い、というイメージをもってしまっています。イメージングやセルフトークは非常にシンプルですが、脳科学的にも効果が認められている方法です。

私たちが日ごろ考えていることは、反復して考えているからこそ、考えとして固定されます。われわれの思考にも癖、というものがあるのです。そうした癖を矯正する、という意味でイメージングやセルフトークは非常に効果的であると思います。

お金も一切掛からないのも素晴らしい点ですね。

とは言っても、自動思考に陥ってしまっている場合、ひとりでに「勉強嫌だなぁ」「仕事嫌だなぁ」といった言葉が口をついて出てしまうかもしれません。

そのような時は、ネガティブな独り言に対しては、自分で自分に反論することも有効だそうです。例えば、勉強、嫌だなぁ、という独り言が出てしまいそうですが、そんな独り言が出た、もしくは、そんな考えが頭をよぎった際に「でも、、」と自分に対して言うことで、ネガティブな考えに対して反論するという方法です。

例えば、「練習が嫌だ。」という独り言が自然と出てしまったときには、「練習が嫌だ。でも、練習を続けることで今よりも上達できる。」というように、ネガティブ→ポジティブなワードで締めくくるような方法です。ネガティブな自動思考を矯正するために役立ちそうな方法です。

〇理想の自分に近づくために

誰しも、理想の自分と現実のギャップには苦しんだ経験はあると思います。本書では、理想の自分に少しでも近づくために有効な心理学的アプローチとして、「プライミング効果」を紹介しています。

ライミング効果を簡単に言い換えると、自分への「刷り込み」です。

考えていることは無意識のうちに行動にも表れます。

たとえば、面白い心理実験で、老人について考えただけで、行動が鈍くなる、遅くなるというものがあります。

この性質は、「なりたい自分になる」ために応用できる、というのが本書の立場です。

なりたい自分を絶えず意識することで、自分の潜在意識に刷り込み、行動を変えていく、というのがこのプライミング効果の目的です。

人前で堂々と話せるようになりたいのであれば、TEDの一流スピーカーを思い浮かべて話す。筋トレで成果を上げたいなら一流のトレーニーを思い浮かべてトレーニングをする、というのも有効だと思います。

 

【まとめ】

本書を読んで改めておもしろいと思ったのは、人間心理が脳と身体、一体となって形成されていくということです。

例えば、笑顔でいる時にマイナスな事を考えるのは至難の技です。また、上を向いている時にマイナスな事を考えるのも同様に難しいです。

身体の状態が脳に与える影響はとてつもなく大きいのですね。

だからこそ、「上を向いて歩こう」という坂本九さんの曲は素晴らしいと思えます。上を向いて歩けば、そもそもマイナスな事柄を連想する事が難しい訳ですから。

英語で、頑張れ、元気を出せという事をKeep your chin up!(顎を上げて)などと言ったりするのはこのためですね。

今回ご紹介したのはほんの一例ですが、本書では人間関係や仕事などに役立つ心理学メソッドが文字通り100も紹介されています。「これは使える!」と思えるものが必ず見つかると思います。

ぜひ手に取って読んでみてください!

 

 

 

サピエンス全史(上)〜文明の構造と人類の幸福〜の内容・感想など

サピエンス全史(上)

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今回は、イスラエル歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ著のサピエンス全史(上)をご紹介します。2014年に発刊されると、世界中で大ベストセラーとなりました。本書では、ホモ・サピエンス200万年の歴史の中で起こった3つの革命、「認知革命」、「農業革命」、「科学革命」を中心テーマとして、それが人類・他の生物にどのような影響を与えたのかという点が主題となっています。

かつて、アフリカでほそぼそと暮らしていたホモ・サピエンスがいかにして食物連鎖の頂点に立ち、文明を気付くに至ったのか、ホモ・サピエンスの歴史、現代についての深い洞察がされています。

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」その謎を解くカギはサピエンスの歴史にこそ眠っています。

 

〇かつての兄弟たち

人類はかつて、ホモ=サピエンスだけではなく、複数の種族が共存していました約200万年前、太古の人類、アウストラロピテクスの一部が故郷を離れ、北アフリカ、ヨーロッパ、アジアの広い範囲に進出し、住み着きました。

ヨーロッパの暗くて雪の多い森、インドネシアの熱い密林などで生き抜くためにはそれぞれ異なる特性を必要としたため、異なる方向へと進化していきました。

 

〇かつていた人類たち

ネアンデルタール人(ネアンデルターレンシス)

・・ホモ=サピエンスよりもたくましく、大柄。狩りが上手く、氷河時代ユーラシア大陸の寒冷化の気候に適応。

 

ホモ=エレクトス

アジアの東側に生きていた人類種。200万年近く生き延びる。

 

ホモ=ソロエンシス

インドネシアのジャワ島に暮らしていた。熱帯の気候に適応。島で矮小化。身長は最大で1メートル、体重は25キログラム程度。

 

10万年前の地球上には少なくとも6種もの人類が存在していました。

ホモ=サピエンスはこれらの人類をいわば駆逐する形で繁栄を極めました。その鍵は約7万年前に起きた認知革命にこそあります。

 

〇認知革命

認知革命とは、約7万年前~3万年前までの間にかけてホモ=サピエンスに起こった遺伝子の突然変異により、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通することが出来るようになった、一連の出来事を指します。

この革命によって、ホモ=サピエンスは他の人類種や動物を圧倒し、一気に生態系の頂点に躍り出ました。

 

【言語】

ホモ=サピエンスの意思疎通の方法である「言語」は非常に特異なものです。

いくらでも文章を創り出し、より詳細かつ正確な情報を伝えることが可能です。「あそこにライオンがいる」ということを伝えることが出来る動物は他にもいます。サバンナモンキーは、複数の種類の鳴き声を用いて、「ライオンがいる!」ということと「ワシがいる!」といったことを周りの仲間に伝えることが可能です。

そのほか、北米に生息するプレーリードッグは、「ガラガラ蛇が近づいてきた!」「ジャッカルが近づいてきた!」ということだけでなく、どれくらいの距離か、危険度はどれくらいか、ということまで鳴き声で伝達することが可能です。

しかし、ホモ=サピエンスの言語能力はそれに留まらず、もっと細かいニュアンス、「今朝、川の近くでライオンがバイソンの群れの跡を辿っているのを見た」というように、より、詳細な情報を伝達できる、という驚くべき柔軟性を持っています。

言語は、噂話のために発達した、という説があります。

誰が誰のことを嫌っているのか、誰がずるをしたのか、などといった情報は大きな集団の中では重要な情報となります。誰が信頼に値するのかを知ることは、大きな集団を維持すること、協力関係を築くためには非常に重要な情報となります。

また、さらにサピエンスの特異な特徴として存在しないものについての情報を伝達する、というものがあります。(伝説、神話、神々、宗教など)

 

【虚構について語る能力】

「虚構」について物語ること、この能力を有するのは、地球上のあらゆる生物のうちでもサピエンスだけです。

この能力がなければ、聖書の天地創造の物語、近代の国民国家の神話、伝承などは生まれなかったでしょう。この能力は、際限のないほど大勢で協力する力をサピエンスに与えました。

「気をつけろ!ライオンがいる!」と伝えることが出来る動物は他にもいますが、「ライオンはわが部族の守護者だ!」と言うことができるのはサピエンスだけです。

この能力により、驚異的ともいえるチームワークを獲得したサピエンスは、他の人類種を絶滅に追い込み、他の動物種を次々に絶滅へと追い込みました。

人々の集合的意識に根差す共通の神話は今なお力を振るっています。国家という概念は国民国家の神話に基づき、経済は資本主義というイデオロギーに基づいて運営され、法制度は人権という概念を守るために創設されています。法人という概念は法的な虚構そのものです。ひとたび会社が法人格を与えられると、まるで人間のように振る舞います。法人は自ら口座を持つことも、法廷闘争の当事者になることもできます。

つまり、認知革命以降、サピエンスは海、山、川などの客観的現実の中だけでなく、想像上の現実の中でも生きるようになりました。

 

客観的現実・・山、川、海など

想像上の現実・・お金、人権、神、国家など

 

【最も危険な種】

大きな脳を持ちながら、約200万年もの間、取るに足らない生物に過ぎなかったサピエンスは、過去10万年間の間に突如として食物連鎖の頂点に躍り出ました。

それまでも大きな脳を持ち、道具を使い、社会的な連帯を有していたにも関わらず、大きな生物を狩るのは稀で、植物を集め、昆虫を捕まえ、肉食獣が残した死肉をあさっていたサピエンスの繁栄は、認知革命も手伝い、急速に進みました。

人類の台頭はライオンやサメといった生物とは比較にならないほど急速に進んだため、他の生物種は順応する暇がなく、そのことにより、サピエンスは地球上で最も危険な種となったのです。

私たちはつい最近までサバンナの負け組の一員だったため、自分の位置について不安と恐れでいっぱいで、そのためなおさら残忍で危険な存在となっている。

多数の死者を出す戦争から生態系の大惨事に至るまで、歴史上の災難はあまりに性急な飛躍の産物なのだ。(サピエンス全史より)

①火を手なずけたサピエンス

生態系の頂点への一歩は、火を手なずけたことにあります。火の使用は約30万年前のホモ=エレクトス、ネアンデルタール人、ホモ=サピエンスに遡ります。

火は不毛の藪を草原へと変え、焼け跡から焼けた木の実や動物、イモ類などを収穫できました。火を通したことにより、小麦や米、ジャガイモなどが食糧となり、噛むのも、消化するのも楽になりました。

 

②大洋の冒険者

サピエンスは陸上哺乳動物の中で唯一、新大陸を航海で渡った種族です。4万5千年前にオーストラリア大陸に渡ったサピエンスたちが目の当たりにしたのは、新大陸の楽園でした。有袋類の肉食獣、フクロライオン、ダチョウの2倍もの大きさの鳥、ジャイアントモア、体長2.5mのウォンバットなどが闊歩していました。

しかし、サピエンスが移住して間もなく、オーストラリア大陸で動物の大量絶滅が起こっています。実に大型動物の9割以上が姿を消しました。要因としては、サピエンスが環境を一変させてしまったこと&他の動物たちが環境の変化などに適用できなかったことなどが挙げられます。

サピエンスがオーストラリア大陸で行った焼き畑はその一例ですが、焼き畑の結果、植物では火に強いユーカリが分布を広げるようになり、植物相は大きく変化しました。それが動物相にも影響を与え、大量絶滅の原因をつくりました。

 

③世界各地への拡散

認知革命以降、サピエンスは世界各地へと進出し、その勢いは留まることを知らず、他のホモ属を追いやる結果となりました。

寒冷地にも適用し、大型のマンモスをも狩り、豊富な脂肪を得たり、毛皮を利用して衣服をつくるなどして繁栄したほか、氷河期に陸続きだったベーリング海峡を渡ってアラスカに到達し、さらに南下して北米、南米へと到達しました。シベリア~南米最南端の

アルゼンチンまで到達するのにたった1000年~2000年だったというから驚きです。

当時アメリカ大陸に生息していたオオナマケモノやサーベルタイガーといった大型の動物は、サピエンスの進出と時を同じくして姿を消していきました。

 

〇農業革命

BC.9500~8500年の間に世界各地で小麦の栽培、定住生活が始まりました。農業革命の始まりです。ヤギの家畜化はBC.9000頃、えんどう豆、レンズ豆の栽培はBC.8000頃、オリーブの栽培はBC.5000頃、ウマの家畜化はBC.4000頃に始まっています。

農業革命は人口爆発をもたらしましたが、その代償も少なくはなりませんでした。人類は穀物の世話のため、多くの時間を割く必要が生じました。小麦は岩や石を嫌うため、畑の管理をする必要があり、また、他の草を嫌うため、絶えず草刈りをする必要があり、虫や疫病から弱いために守ってやる必要があり、肥えた土を好むため、肥料を必要としました。

また、農業は脊椎や首、土踏まずに負担がかかるため、人間は腰痛などに苦しむようにもなりました。

【農耕社会】

農耕社会は非常に暴力に満ちた社会であったとの言われています。ひとたび土地を巡る戦争が起こると、負けた側は財産も土地も全てが奪われるため、闘争は命がけとなります。農耕社会においては、暴力が全死因の約15%を占めるという研究がある程です。

サピエンスは、より楽な暮らしを求めて農業を始めましたが、結果的に、大きな苦難を呼び込んでしまいました。しかも人口が増えたために元の生活には戻れなくなり、世代を重ねるごとに元の生活がどんなものだったかも分からなくなっていきます。

ぜいたく品は必需品になり、新たな義務を生じさせる。

(サピエンス全史より)

さらに、農耕により、未来という概念が重要となりました。来年の収穫量はどうなるのか、といった不確実な未来に備えるための蓄えが重要になってきます。以来、人類には未来への不安がつきまとうようになっていきます。

農耕は支配者やエリートたちを生み出し、農耕民はそれらを支えるために生産し続けました。食料余剰が生まれ、そうした余剰が政治、戦争、芸術、哲学などを生む原動力へとつながっていきます。

 

〇まとめ

サピエンス全史上巻のキーワードは、認知革命により、サピエンスが生み出した虚構=想像上の秩序でしょう。

そうした秩序は効率的な協力、より良い社会をつくるために生み出されてきました。

例えば、21世紀に生きる我々が固く信じている「人権」や「民主主義」「自由主義」「資本主義」といった概念もこれに含まれます。

アメリカ合衆国の独立宣言序文には以下のようにあります。

我々は以下の事実を自明のものとみなす。すなわち万人は平等に造られており、奪うことのできない特定の権利を造物主によって与えられており、その権利には生命、自由、幸福の追求が含まれる。

こうした想像上の秩序の維持は、人口の相当部分(特にエリート層や治安部隊)が信じているからこそ可能です。

想像上の秩序の維持は、現実的な力をもって我々に作用し、我々の欲望を形づくります。こうした秩序を変えるには、何十億人もの人々の意識を変える必要があります。イデオロギーに基づく運動、政党、様々な組織の力が働いてはじめて可能になります。

 

〇感想など

読んでいただけると分かりますが、非常に知的好奇心をくすぐられる内容です。著者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は「もしあなたが数十万年前のアフリカにいたら、もしあなたが中世のイスタンブールにいたら、、」など読者の想像力をかき立てる巧みな文章で人類進化の旅へとわれわれを誘ってくれます。

われわれも地球上に棲む他の動物と劣らず動物であること、サピエンスだけがもっている特性(その暴力的な側面も含め)をストレートに、かつ鋭い切り口で表現している本書はまさに痛快です。

狩猟採集時代から受け継いだ脳を持ちながら、宇宙にも進出し、地球を破壊出来るほどのエネルギーを持った核爆弾まで開発した人類はいったいどこへ向かうのでしょうか。

人類はどこへ向かうべきなのか、その問いに対する答えも人類史という鉱脈の中に眠っているかもしれません。

 

脳には妙なクセがある (池谷裕二著)の内容・感想など

脳には妙なクセがある(池谷裕二著)の内容・感想など

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今回ご紹介するのは、脳科学者の池谷裕二さん著、「脳には妙なクセがある」です。一般向けに非常に分かりやすく書かれているのですが、脳科学の最新の研究、知見が盛り込まれており、内容は専門的です。

脳科学の最新の研究の中には、驚くべきものがあり、今や心理学、行動経済学、哲学などとも深く結びついています。難しい専門用語などは抜きで脳科学の最新の知見について学びたいという方には非常におすすめな本です。

内容の中で、個人的に面白いと思った点をいくつかご紹介したいと思います。

 

〇色彩や温度と心理効果

色彩や気温、温度などは、人間の脳にも影響を及ぼし、様々な心理効果をもたらします。

例えば、人と会話するときにはお互いアイスコーヒーよりもホットコーヒーを飲みながら話をした方が印象は良くなる、また、晴れの日に出かけた方が雨の日よりも相手の印象が良くなる、スポーツでは、「赤」のユニホームを着ている人の方が勝率が高い、胴着では、白より青を着ている方が勝率が高い、IQテストで、冊子の表紙の色を赤、緑、白に変えたところ、赤の時が最も成績が悪かった、などの研究結果があります。

特に、赤色については、相手の志気を下げてしまう色であるという分析がなされており、特にスポーツにおいて、無意識に相手を威嚇し、優位に立ってしまう効果があると言われています。

 

〇年齢を重ねると幸福を感じるようになる

ストレスや怒り、不安といった感情は若い頃が一番強く、その後、徐々に減少していくという研究データがあります。人生の幸福度を棒グラフになぞらえるならば、就職を機に幸福度はぐっと減少し、30代~40代に底を打ち、50~80代にかけてはゆっくり上昇していくと言われています。所謂ネガティブバイアスは、若い人の方が老人よりも強いと言われています。

 

〇脳は酒が好きである

国立衛生研究所のギルマン博士の研究によると、平均26.5歳の男女12名にアルコールを静脈注射したところ、脳の報酬系、快楽を感じた時に反応する線条体という部位が活性化しました。つまり、人間にとって、アルコール=快楽という訳です。

また、アルコールを投与された人は「恐怖に怯える人の顔」を見せても、人間が不安や恐怖を感じた時に反応する偏桃体という部位があまり活性化しなかったことも実験の中で認められました。

つまり、アルコールを摂取すると、恐怖心が薄れ、気持ちが大きくなるという訳です。

さらに、動物実験の中で、母親が妊娠中にアルコールを飲んだネズミの子は、生まれた後により多くのアルコールを飲むようになったことも認められています。これは、胎児の時にアルコールに触れたことで、アルコールに対する嫌悪感が薄れたことを著しています。

 

〇何となく好き/嫌いの正体

理由はないけど何となく好き、あるいは嫌いというものが誰しもあるのではないでしょうか。もしかしたらそれは幼少期の経験が大きく影響しているのかもしれません。

白いウサギのぬいぐるみを乳児の近くに置き、乳児が近づいたときに大きな音を鳴らすという実験を行ったところ、実験を繰り返すうちに、乳児はぬいぐるみに近寄るどころか、白いものや、ウサギに似ているものまで嫌いになるということが確認されています。

好きや嫌いという感情は、無意識のうちに醸成されてきたものと言えるかもしれません。

 

〇人間の持つ「自由意志」ってそもそも何だ

脳科学の最新研究は、人間の神聖な自由意志の神話さえつき崩していこうとしています。

例えば、ものを指さし、その際に左右どちらで指指してもよい、という実験を行った際、右でものを指さした人→60%、左で指さした人→40%という結果でした。しかし、右脳を頭蓋外部から磁気刺激して再び同じ実験を行ったところ、今度は右で指さした人→20%、左で指さした人→80%という結果に変わりました。

しかし、それでも被験者たちは、あくまでも自分の自由意志で指す指を選んだ、ということを疑いませんでした。

 

また、マックスプランク研究所のヘインズ博士は、「心」がいつ生まれるか、ということを検証しようとして、次のような実験を行いました。

①超手でレバーを握る

②テレビモニターに「nprcv..」など無秩序にアルファベットが表示される

③好きなところで両手のボタンのどちらかを押してもらう。

 

この実験中に脳波の測定を行ったところ、脳はボタンを押す7秒も前から、脳の補足運動野という部位が活動を開始したことが分かりました。つまり、被験者がボタンを押す、と思った時点よりずっと前から、押したいという感情が生まれていたことが分かりました。

補足運動野に障害がある人は、無意識に手や足が動いてしまうことで知られています。

また、頭頂葉の一部分を電気刺激したところ、手や腕、唇など、特定のパーツを動かしたくなる意志が生まれたこともわかりました。

さらに、前頭葉前運動野という部位を刺激すると、身体のパーツが自分の意志とは無関係に動くということが分かりました。

実験から、実際に身体が「動くこと」「動かしたいと意志すること」「動いたと実感すること」これらは全て別物であることが明らかになりました。

原理的には、個人の意志とは無関係に、脳の電気刺激だけで感情や身体をコントロールしてしまうことも可能ということです。

 

〇「神」の神経回路

人間が有する他の動物には持っていない能力、それは実際には存在しないものを想像する力です。脳科学の知見により、神秘、オカルト、超常現象とされてきたものの正体が徐々に明らかになってきました。

それらの答えは、実は脳の中に眠っています。人間の脳のこめかみより少し後部、側頭葉のあたりを磁気刺激すると、存在しないはずのものの存在をありありと感じることが分かっています。900人以上で検証したところ、40%は何らかの超常現象を体験したことが確認されています。

ムハンマドが空中を漂ってエルサレムにたどり着いたというエピソードやキリストが荒野での修行中、悪魔に誘惑されたというエピソード、パウロが旅の途中に強烈な光を感じてキリスト教に回心したという様なエピソードには、この、脳の側頭葉が関わっていそうです。

また、てんかん患者の1.3%は発作中に神秘的な体験をすることが知られています。

神の存在とは、人間の脳内にプログラムされた存在と言えるかもしれません。

 

〇脳と身体

脳と身体は常に相互作用を及ぼしており、身体活動は人間の心理を大きく左右しています。例えば、人は眠るとき、眠たくなるから眠る、というよりも、正確には、身体を横たえて、まぶたを閉じるから脳は睡眠の状態へと移行します。

出力が先なのです。

しかも、受動的ではなく、能動的に身体を動かす時にこそ、人間の脳は強く反応します。

実験として、①ネズミのヒゲにモノを接触させたとき、②ネズミが自らヒゲを動かしてモノに触れた時の脳の活動を比較したところ、身体活動を伴ったときの方が、ニューロンの活動が10倍も活性化しました。

この実験結果は、教育などにも大きな示唆を与えてくれそうです。

 

〇感想

脳科学の最新の研究は驚くほど進んでおり、人間の自由意志の神話までつき崩そうとしています。この辺りの話は、歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ博士の「ホモ・デウス」でも触れられています。もしも、人間には自由意志などない、と結論付けられたとしたら、その自由意志の神話に基づいて作られている自由選挙や職業選択の自由といった制度は一体どうなってしまうのでしょうか。

人間の脳を電気刺激するだけで人間をコントロールすることが出来るのであれば、そのような装置が開発・実用化されてもおかしくはありません。しかも、本人は操作されているという感覚さえないというのであれば、それは非常に恐ろしい話です。いずれにしても、今後はテクノロジーの進歩と併せて倫理についても議論していく必要がありそうです。人間の感情をコントロールしてよいものかどうか、人類は未だそれに対する答えを持ち合わせていません。だからこそ、今後の哲学のテーマは「生命科学と倫理」、「AIの活用と倫理」などになっていきそうです。

本書では脳科学で第一線を走り続けておられる池谷裕二さんが最新研究を用いて興味深い内容を一般の読者向けに提供しており、脳科学に少しでも興味がある人にとっては、頁をめくる手が止まらないような内容となっています。

「神の実在」を巡る議論は中世~近代に至るまで神学や哲学の重要テーマでしたが、脳科学研究が、人が神を実感するメカニズムまで明らかにしつつあるのは面白い点です。

また、脳科学や心理学を勉強しておくと、スーパーの陳列の仕方、広告の内容など、人間の心理効果を利用した消費者心理のつき方なども見えてきて面白いかもしれませんね。

 

 

 

 

「1984」(ジョージ・オーウェル)の内容、感想など

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「1984」 ジョージ・オーウェル

ビッグブラザーがお前を見ている」

1949年に刊行されたイギリスのジョージオーウェル執筆のディストピア小説
全体主義国家によって統治された近未来の恐怖を描いています。
出版当初から冷戦下の英米において爆発的に売れ、同じくオーウェルが著した「動物農場」などとともに反共主義のバイブルとなりました。
発刊から70年以上が経過した現在においても、色褪せるどころか、リアリティを増してきている作品です。ディストピア小説としては、以前本ブログでも紹介した「華氏451度」と並び、外せない作品となっています。

 

あらすじ


1950年代に勃発した第三次世界大戦の核戦争を経て、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという巨大な三大国によって分割統治された。本作における舞台は、そのうちのオセアニア地域である。オセアニアでは、ビッグブラザーを頂点とした共産主義体制が敷かれている。常に物資は欠乏し、思想・言語などあらゆる事柄に統制が加えられている。

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ビッグブラザー


党員は常にテレスクリーンと呼ばれる双方向テレビジョン、さらに、街中にはマイクやカメラがそこかしこに仕掛けられており、屋内、屋外、昼夜を問わず、常に当局から監視されている。


主人公は、オセアニアの構成地域の一つ、「エアストリップ・ワン」(旧ロンドン)に住むウィンストン・スミス。彼は、真実省という役所に務める下級役人で、日々、スピーチや文書の改ざんを行っていた。


ウィンストンが物心ついたときに見ていた旧体制やオセアニア成立時の記憶などは、常に記録が改ざんされてしまうために定かではない。オセアニアでは、かつてどこと戦争をしていたとか、どこと同盟を組んでいたかなどの歴史も絶えず改ざんされていた。


ウィンストンは古道具屋で買ったノートに日記を書くという、禁止された行為に手を染める。ウィンストンは党、体制への反感を募らせていた。
「二分間ヘイト」の時間に遭遇した創作局で働く若い女性、ジュリアから突然手紙で告白され、出会いを重ねて愛し合うようになる。プロレ(労働者たち)が住むエリアにチャリントンという老人が営む小道具店を見つけ、隠れ家としてジュリアと過ごすようになる。


さらに、ウィンストンは、「ブラザー連合」という名の反体制勢力が存在するとの噂を聞いており、彼らに接近したいと考えていた。ウィンストンは、彼がブラザー連合の一員であると睨んでいた党中核の高級官僚の一人、オブライエンとの接触に成功する。ウィンストンは、オブライエンに、現体制への反感、ブラザー連合に加わり、現体制の打倒に加わりたいことなどを告白する。オブライエンは、ウィンストンに、オセアニアでは党の離反者であり、憎悪の対象となっているエマヌエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を手渡した。それを読んだウィンストンは体制の裏側を知ることとなる。


しかし、思想警察であったチャリントンの密告により、ジュリアとウィンストンは思想警察に捕らえられ、「愛情省」で尋問と拷問を受けるようになる。最終的に彼は愛情省の101号室で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑される日を想って党を心から愛するようになった。

 

登場人物


ウィンストン・スミス(Winston Smith)
本作の主人公。39歳の男性。真実省記録局に勤務。キャサリンという妻がいるが、別居中。しばしば空想の世界に耽り、現体制の在り方に疑問を持つ。テレスクリーンから見えない物陰で密かに日記を付けており、これはイングソック下において極刑相当の「思考犯罪」行為に値する。見捨てられた存在であるプロレ達に「国を変える力がある」という考えの持ち主。ネズミが苦手。

 

ジュリア(Julia)
本作のヒロイン。26歳の女性。真理省創作局に勤務。表面的には熱心な党員を装っているが、胸中ではウィンストンと同じく党の方針に疑問を抱いている。他方、党の情報の改竄など、自分自身にあまり関係のないことには興味がない。ウィンストンに手紙を使って告白し、監視をかいくぐって逢瀬を重ねる。

 

オブライエン(O'Brien)
真理省党内局に所属する高級官僚。他の党員と違い、やや異色の雰囲気を持つ。ウィンストンの夢にたびたび現れる。秘密結社『ブラザー連合』の一員を名乗り、エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書をウィンストンに渡すが、実際はウィンストンとジュリアを捕らえるために接近する。人心掌握の術に長け、二重思考を巧みに使いこなす。

 

トム・パーソンズ(Tom Parsons)
ウィンストンの隣人。真実に勤務。肥満型だが活動的。献身的でまじめな党員。幼い息子と娘がおり、二人とも父と同じく完全に洗脳されている。

 

パーソンズ夫人(Mrs. Parsons)
トム・パーソンズの妻。30歳くらいだが、年よりもかなり老けて見える。親を密告する機会を虎視眈々と狙っている自分の子供達に怯えている。

 

サイム(Syme)
ウィンストンの友人。真理省調査局に勤務。言語学者でニュースピークの開発スタッフの一人。饒舌で、また頭の回転も速い。ニュースピークの「言語の破壊」に興奮を覚え、心酔している。

 

チャリントン(Charrington)
63歳の男性。思想警察。古い時代への愛着を持つ老人を装い、下町で古道具屋を営む。ウィンストンに禁止されたノートを売ったり、ジュリアとの密会の場所を提供したりと彼らを支えるが、後に政府へ密告する。

 

ビッグ・ブラザー(Big Brother、偉大な兄弟)
オセアニアの指導者。肖像では黒ひげをたくわえた温厚そうな人物として描かれている。モデルはヨシフ・スターリン

 

エマニュエル・ゴールドスタイン(Emmanuel Goldstein)


かつては「ビッグ・ブラザー」と並ぶオセアニアの指導者であったが、のちに反革命活動に転じ、現在は「人民の敵」として指名手配を受けている。「兄弟同盟」と呼ばれる反政府地下組織を指揮しているとされる。党によれば、いかにも狡猾そうで山羊に似た顔立ちの老人。モデルはレフ・トロツキー。ゴールドスタインという名は、トロツキーの本名「ブロンシュテイン」のもじり。

 

政府

党は、ビッグブラザーによって率いられる唯一の政党である。ビッグブラザーは国民が敬愛すべき対象であり、町の至る所にビッグブラザーがあなたを見ている(BIG BROTHER IS WATCHING YOU)」という言葉とともに彼の写真が貼られている。しかし、その正体は謎に包まれており、実在するかどうかも分からない。


党最大の敵は、「人民の敵」エマニュエル・ゴールドスタインである。彼はかつてはビッグブラザーとも並ぶ権力者であったが、離反し、党を転覆させるための陰謀を企て、やがて謎の失踪を遂げたとされている。


党のイデオロギーは、「イングソック」と呼ばれる一種の社会主義である。核戦争後の混乱の中、社会主義革命を通じて成立したようだが、誰がどのような経緯で革命を起こしたかなどは明らかになっていない。
党の三つのスローガンは至るところに表示されている。

戦争は平和なり (WAR IS PEACE)
自由は隷属なり (FREEDOM IS SLAVERY)
無知は力なり (IGNORANCE IS STRENGTH)

 

ロンドン市内には政府省庁の入った四つのピラミッド状の建築物がそびえ立っており、4棟のそれぞれに先述の3つのスローガンが書かれている。省庁名は後述のダブルスピークにより、本来の役目とは逆の名称が付けられている。

 

平和省
軍を統括する。オセアニアの平和のために半永久的に戦争を継続している。

 

豊穣省
絶えず欠乏状態にある食料や物資の、配給と統制を行う。


真実省
プロパガンダに携わる。政治的文書、党組織、テレスクリーンを管理する。また、新聞などを発行しプロレフィードを供給するほか、歴史記録や新聞を党の最新の発表に基づき改竄し、常に党の言うことが正しい状態を作り出す。愛情省と共に「思想・良心の自由」に対する統制を実施。

 

愛情省
警察権を持ち、個人の管理・観察・逮捕、反体制分子(とされた人物)に対する尋問と処分を行う。被疑者を徹底的に拷問と洗脳にかけ、最終的に党のほうが正しいと反体制思想を自分の意思で覆させ、ビッグ・ブラザーへの愛が個人の意志に優るようにし、その後処刑する。真理省と共に「思想・良心の自由」に対する統制を実施。

 

国民

党は、中枢の党中枢、一般党員の党外局で構成される。
党中枢はかつて労働者の作業着であった黒いオーバーオールを着用、能力によって選抜される。
党外局は青いオーバーオールを着ており、実務の大半を担う官僚である。
その他、プロレと呼ばれる労働者階級が人口の85%を占める。
党の専らの監視対象は一般大衆ではなく、中層階級(党外局員)である。愛情省の思想警察(思考警察)に連行され「蒸発(強制失踪)」してゆく。「蒸発」した人間は存在の痕跡を全て削除され、その者は初めからこの世に存在していなかった、ニュースピークで言う「非存在」として扱われる。


一般大衆たち(プロレ)は党からはあまり脅威であるとはみなされておらず、党から厳しい監視を受けているわけではない。プロレは識字率も低く、知的水準も低い。彼らの居住区では日々犯罪が横行している。 

 

用語

ニュースピーク(New speak)新語法
思考の単純化と思想犯罪の予防を目的として、英語を簡素化して成立した新語法。語彙の量を少なくし、政治的・思想的な意味を持たないようにされ、この言語が普及した暁には反政府的な思想を書き表す方法が存在しなくなる。
新語法(ニュースピーク)辞典が改定されるたびに語彙は減るとされている。それにあわせシェークスピアなどの過去の文学作品も書き改められる作業が進められている。改訂の過程で、全ての作品は政府によって都合よく書き換えられ、原形を失う。ニュースピークの究極形は全ての事をたった1語で表現できるようになる事だという。

 

二重思考ダブルシンク

ダブルシンク(doublethink、二重思考)は、「1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち、同時に受け入れることができる」という、オセアニア国民に要求される思考能力。「現実認識を自己規制により操作された状態」でもある。

2 + 2 = 5(Two plus two makes five)は、二重思考ダブルシンク)を象徴するフレーズの一つ。ウィンストンは当初、党が精神や思考、個人の経験や客観的事実まで支配するということに嫌悪を感じて(「おしまいには党が2足す2は5だと発表すれば、自分もそれを信じざるを得なくなるのだろう」)自分のノートに「自由とは、2足す2は4だと言える自由だ。それが認められるなら、他のこともすべて認められる」と書く。後に愛情省でオブライエンに二重思考の必要性を説かれ拷問を受け、最終的にはウィンストンも犯罪中止と二重思考を使い、「2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4と5にもなりうる」ということを信じ込むことができるようになる。 

 

政府が過去を改竄し続けているのは、党員が過去と現在を比べることを防ぐため、そして何よりも党の言うことが現実よりも正しいことを保証するためである。党員は党の主張や党の作った記録を信じなければならず、矛盾があった時は誤謬(ごびゅう)を見抜かないようにし、万一誤謬に気づいても「二重思考」で自分の記憶や精神の方を改変し、「確かに誤謬があった、しかし党の言うほうが正しいのでやはり誤謬はない」ということを認識しなければならない。


オブライエンの言によれば、かつての専制国家は人々に対しさまざまなことを禁止していた。近代のソ連ナチス・ドイツなどは人々に理想を押し付けようとした。今日のオセアニアでは人々はニュースピークやダブルシンクを通じ認識が操作されるため、禁止や命令をされる前に、すでに党の理想どおりの考えを持ってしまっている。党の考えに反した者も、最終的には「自由意思」で屈服し、心から党を愛し、党に逆らったことを心から後悔しながら処刑される。

 

ダブルスピーク
ダブルスピーク(doublespeak、二重語法)は、矛盾した二つのことを同時に言い表す表現である。『1984年』作中の例でいえば「戦争は平和である」や「真実省」のように、例えば自由や平和を表す表の意味を持つ単語で暴力的な裏の内容を表し、さらにそれを使う者が表の意味を自然に信じて自己洗脳してしまうような語法である。他者とのコミュニケーションをとることを装いながら、実際にはまったくコミュニケーションをとることを目的としていない。

 

感想・考察


ご紹介したように、「1984」では、二重思考ダブルシンク)、ニュースピーク、二分間ヘイト、ヘイトウィークなど、独特の用語が用いられています。本書はソ連社会主義がモデルになっていると考えられますが、流石のソ連もここまでは統制が進んでいなかったようです。


このような独特の用語、世界観を創り出したジョージ・オーウェルには驚嘆の意を隠せません。
中でも恐ろしいのが、テレスクリーンの存在です。部屋にはテレスクリーンが設置されており、音量は下げることが出来るものの消すことが出来ず、いつどのタイミングで監視されているか分からないという設定がたまらなく恐ろしいです。


この設定は、パノプティコンと呼ばれる円形型の刑務所の仕組みを連想させます。パノプティコンとは、18世紀末に哲学者のJ.ベンサムが考案した刑務所のモデルです。円形になっており、中央には監守塔が立っていて、全ての独房を見渡すことが可能です。特殊なガラス張りで、囚人の方からは監守を見ることが出来ませんが、監守の方からは常に囚人が見える状態になっているというのがポイントです。つまり、囚人からすると、いつ監守に見られているか分からない恐怖に晒されることになります。この時の心理状態を「監獄の内在化」として分析したのが、フランスの哲学者、ミシェル・フーコーでした。


現代の日本人も十分この心理状態を経験していると思います。例えば、コロナ禍で「自粛警察」や「マスク警察」というワードを度々耳にしました。こういった事態はまさに本作における「思想警察」を連想させます。常に見られているかもしれないという恐怖が自分の中に内在化され、それは実際的なパワーを持って自分自身を縛ります。
「自粛警察」や「マスク警察」をされている方々は純粋な正義感ゆえに活動されているのかもしれませんが、自ら相互監視社会への流れを推し進めてしまっていることについてもご自覚頂きたいところです。


さらに、「1984」の世界では二重思考という恐ろしい論理が働いています。党が2+2=5だと言ったら2+2は5である事を信じなくてはなりません。それが真実であるか否かは関係ないのです。人間には悲しい事に、何度も同じことを反復して言われると、それが嘘であっても信じてしまうという性質があります。この人間の性質は、絶えず利用されてきました。有効なプロパガンダとなるためには、それが何度も何度も大衆の目に触れるようにしておく必要があります。

第二次世界大戦時や冷戦化の東西陣営は、軍拡競争のみならず、プロパガンダ合戦を繰り広げていました。

現代はsnsなども発達しているため、昔ほどプロパガンダは有効に作用しないとは思いますが、同じ過ちを犯さないためにも、我々現代人はよく心に留めておく必要があると思います。

本書は全体主義の究極を描いた作品であり、読んだ方は震え上がることでしょう。コロナ禍を機に、全世界で人々への統制が強まっている今だからこそ、「1984年」を読む意味は大いにあると思います。全体主義の到来を防ぐ責任は、私たち一人ひとりに掛かっているのではないでしょうか。