「人間らしさとは何か」 海部陽介著 の要約
人間らしさとは何か 海部陽介
今回ご紹介した本は、人類学者の海部陽介さん著の「人間らしさとは何か」です。人類学の観点から、ヒトとはどんな動物なのか、ヒトが含まれる霊長類はどんな特徴を持つグループなのかを対話形式で明快に解説しています。また、ヒトとはどんな動物なのかを定義した上で、現代の人類の在り方、これから人類はどのような方向へ向かうのか、社会学的な内容も本書の重要なテーマとなっています。
人類学に関して興味がある方、また、日本でもベストセラーになった「サピエンス全史」のように、人類学的な視点から人類の歴史やこれからを考えるという、最新のトレンドに沿った内容になっていますので、そうした内容に興味がある方にもお勧めです。
本書の内容を簡単に要約してみます。
内容
〇霊長類の特徴について
ヒト(ホモ・サピエンス)は、動物学的には万物の霊長を意味する「霊長類」に属していますが、そもそも霊長類とはどのような特徴を持つグループなのでしょうか。
霊長類は、ゴリラやチンパンジーに代表される真猿類や原始的な特徴を持つキツネザルなどの原猿類に大きく分類されます。また、基本的には低緯度地域、温暖な地域に分布しています。(主な生息エリアは熱帯~亜熱帯の森林地帯)最も北限に生息しているサルはニホンザルです。(青森県)
例外的に、ヒトは南極大陸を除くほぼ全世界に分布しており、霊長類の中では異質な存在です。食性は雑食傾向で昆虫や葉、果実などを食べます。樹上性のものが多いですが、ヒヒなど、地上性の強いサルもいます。
また、350~500種程度の比較的小規模なグループであり、レイヨウ属、偶蹄類、2000~3000種いるげっ歯類などと比べて成功を収めているとは言えません。
歩き方は、跳躍、樹上4足歩行、地上四足歩行、ナックルウォーク、ブラキエーション(腕渡り)、直立二足歩行など様々です。
シロテテナガルのブラキエーション
〇ヒトの身体的特徴について
ヒトの身体構造は、他の霊長類と比べてもかなり特殊な方向に進化しています。
・関節・・肘関節・股関節が球関節と呼ばれる構造をしており、自由な運動が可能となっている。肘関節は尺骨の周りを回転させ、回内、回外させるような自由な運動が可能となっている。
・歩行・・直立二足歩行するために骨盤が短小化、脚が長くなり、脊椎がS字に湾曲、土踏まずの発達など様々な形に変化。重力を骨格で受け止めているため、エネルギー効率の良い歩行が可能。
・体毛・・多くの哺乳動物の身体が毛皮に覆われている中、ヒトの体毛は極めて薄くなっている。ヒトは日中のサバンナを走り回って獲物を追いかけるという狩りのスタイルから、毛皮を捨て、汗腺を発達させた。
↓他の動物の暑さ対策
・パンティング(激しく息を吐く)
舌や口腔内についた水分を蒸発させる。犬はこの方法を採用している。
パンティングを行う犬
・身体の部位を大きくする。
汗腺を持たないゾウやウサギなどは、毛細血管が走る大きな耳を動かすことによろ、空気中に熱を逃がしている。
砂漠に生息するフェネックギツネ
・掌・・皮膚隆線=指紋が発達。指紋が発達することで滑り止め効果、凹凸ができることにより手の感覚が鋭くなる効果がある。他の霊長類と異なり、手と足は異なる形状に進化している。手はものをつかむ方向、足は土踏まずを発達させ、歩行に特化した形状に変化。
・視覚・・ものを立体視し、色彩感覚に優れている。
※哺乳類の色彩感覚は、哺乳類が元々中生代に夜行性の動物から進化したということもあり、鳥類などと比べて一般に鋭くない。夜行性で暮らしていた哺乳類の祖先は、色を見分けるのに必要なたんぱく質=オプシン4つのうち、2つを失った。しかし、昼行性の霊長類に進化する過程で色を見分けるメリットが生じ、2タイプのオプシンを新たに文化させ、3色型色覚を取り戻した。
・歯・・熊、豚などと同じく、特殊化していない形状、雑食傾向を示している。ヒトは、猫などが持っていない甘味受容体まで持ち合わせている。
※同じ霊長類のチンパンジーやヒヒなどは外敵などと闘うため、犬歯が発達させている。
・表情・・ヒトの表情筋は他の真猿類同様、非常に発達している。原始的な霊長類(夜行性のアイアイなど)の表情筋はあまり発達していない。(いわゆる原猿類はあまり目が良くないこともあり、表情を用いたコミュニケーションを取らない。)
原猿に分類されるクロシロエリマキキツネザル
新猿類と比べて表情筋が発達していない。
・共同体・・脳の大きさと群れの大きさは比例する。ヒトは大きな共同体を形成する。
ある種族が維持できる群れの上限をダンバー数と呼ぶ。チンパンジーが維持できる集団の数は45頭が限界とされている。ヒトが直接顔見知りの間でコミュニケーションできる人数の限界は150人とされる。
しかし、現代人・・ダンバー数を遥かに上回る集団を形成する。ヒトは国民国家や宗教といった現実の物だけでなく、物語・空想上の出来事も信じることが出来るという特異な能力により、数百万、数億人という集団を形成できる。
また、共同体の在り方も他の霊長類と異なっている。
ゴリラやチンパンジー・・ボスをトップとした厳然たる序列が存在。
ヒト・・元来、厳然たる序列がある訳ではない。現代の原住民の暮らしぶりから、狩りで活躍した人をあえて賞賛せず、平等に扱うなど、不平等の芽を摘む仕組みがあることも判明。
〇ヒト=サピエンスの歴史
サピエンスはわれわれホモ=サピエンスだけではなく、歴史上、様々な種族が世界各地に散らばる形で同時に存在し、種の誕生と絶滅を繰り返してきました。
既に440万年前に生息していたラミダス原人は直立二足歩行をしており、その後、非頑丈型原人と呼ばれるアウストラロピテクス属、頑丈型原人と呼ばれるパラントロプス属などが現れました。
・サピエンスのサバンナでの暮らしぶり
サバンナで暮らしていたサピエンスは生態系の一部であり、大型の肉食獣の捕食対象となっていたとされています。
南アフリカのサバンナで、骨に歯形のある化石が見つかり、初期の猿人はヒョウなどの獲物になっていたとされています。
約200万年前には脳が大型化し、道具を使用し、原人が誕生してきます。更に、火を使用することで肉食が進み、歯や顎が小さくなりました。また、消化効率が向上したため、腸が短くなり、腸活動のエネルギーを振り分けることで、脳を巨大化させていったと考えられています。(組織仮説)
また、時代が下り、ホモ=エレクトスが誕生します。
ホモ=エレクトスは更に脳を巨大化させ、脚が長く、長距離ランニングに長けており、靭帯や発汗機能を向上させ、日中のサバンナで獲物を追い回すという狩りを行っていたと考えられています。
・ヒトの特性
動物学者、ポルトマンは、ヒトは本来の妊娠期間を1年間前倒しにしていることを明らかにしました。ヒトの赤ん坊は、1歳の段階でようやく他の動物の新生児段階に成長します。
ヒトの脳は産道を通れるサイズの限界まで達したこと、成長し続ける胎児を胎内で養うにはコストがかかり過ぎるという理由から、ヒトは他の動物と比べてかなり早産です。
胎児のような状態で生まれ、その後は著しいスピードで脳が発達していきます。
ヒトの脳は他の動物と比べると体重比でかなり重くなっていますが、このコストを支えることが出来るようになった理由として、狩猟技術の向上、家族の絆、社会性が強くなたことが考えられています。逆に言えば、超未熟児で生まれてくる子どもの世話は親だけでなく親族全員で見る必要が生じてきたことから、集団の絆が強くなっていったともいえます。
また、現代のホモ=サピエンスは見た目の多様性はあるが、遺伝的な多様性は低いとされています。
皮膚や虹彩・髪の色、体形などは、環境への適応の結果に過ぎないことが分かっています。
見た目に違いが出る理由は以下の通りです。
↓
〇皮膚の色
メラニン色素の量で決まる。ユーメラニン色素が多いと褐色、フェオメラニン色素が多いと黄赤色に見えます。紫外線は皮膚機能やDNAにもダメージを与えることから、メラニンは紫外線を吸収してブロックする役割を担っている。
ただし、紫外線を浴びなさ過ぎてもビタミンDが不足して骨粗しょう症になりやすくなるため、
高緯度帯に住む人々:弱い日光でもビタミンDを産生できるように、メラニン産生を抑制(肌は白く見える。)
低緯度帯:紫外線から身を守るぐため、メラニンが多く必要となる。(肌は黒く見える。)
〇体形
同じグループの恒温動物は、寒冷地に棲むものほど、身体が大きい(ベルクマンの法則)という法則がある。
猫科最大種 アムールトラ
また、アレンの法則により、寒冷地に棲む動物ほど、胴のサイスに比べて突出部が小さいという特徴がある。
(例:ミナミアフリカオットセイ、アザラシ)
ワモンアザラシ
大きく丸い身体は、体積あたりの表面積が小さくなり、放熱を防ぎやすくなるという特徴がある。
これらはヒトについても当てはまり、赤道付近に住む人々は腕や脚が長く、スリムな体形が多いのに対し、高緯度帯に住む人々は、胴が太く、手足が短い人が多くなる。
・ヒト~地球の覇者~
ホモ=サピエンスは地球史上の生物として初めて火を操り、器用な指先で銛や槍など様々な道具を使用し、地球環境をも変えられる驚異的なパワーを手に入れました。新人=クロマニョン人はアフリカからユーラシア、アジアなど広範な地域へと拡大し、氷期にはベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸まで到達しました。
クロマニョン人の移動に伴い、多くの動物が絶滅していきました。マンモス、スミロドン、オオアルマジロ、オオナマケモノ、、。また、言語の使用による驚異的なネットワーク、卓越した狩りの能力により、他のサピエンス(ネアンデルタール人、ホモ=エレクトスなど)も絶滅へと追い込みました。
動物種の絶滅は気候変動など、様々な要因も絡み合っていると考えられますが、環境自体も変えられる能力を得たホモ=サピエンスの影響は絶大だったと言えます。こうして、ヒトは生息域、個体数ともに哺乳類の中では群を抜き、地球上の覇者となりました。
感想など
義務教育では、人類学の勉強はサラリとなぞるだけで、詳しくは学ばないところですが、われわれが他の動物と同じく生態系の一部であることを意識し、今の世の中がどんな世の中になっているのか、これからどんな方向に向かっていくのかを知るためには、人類学の勉強はとても大切であると思います。人類の歴史は直線的な歴史ではありません。様々な人類種が誕生しては消え、誕生しては消え、ということを繰り返し、たまたま生き残っているのは現代のわれわれ、ホモ=サピエンスのみということになります。
人類は違いはあれど一種であり、人類同士で争うことはバカバカしくも思えてきます。
著者の海部さんは、本書で、人類の持つ「共通性」に目を向けるべきだ、と繰り返し述べています。違いが強調される時代ですが、我々とチンパンジーですら98%は遺伝的に同じであることを考えると、人間同士の違いを強調することにどれだけの意味があるでしょうか。共通していることを見つけることが相互理解の鍵であり、争いごとをなくしていくためにも大切であると思います。
また、人類学は時に、われわれの想像力をかき立ててくれます。数万年前までクロマニョン人と共存していたネアンデルタール人は、クロマニョン人とは全く異なるライフスタイルを送っていたということが分かってきました。ネアンデルタール人はクロマニョン人より背が低く、四肢が短くがっしりとした体形で、狩りはクロマニョンが持久力を生かして追い込んでいくタイプなのに対し、待ち伏せを行い、瞬発力で一気に仕留めるという方法をとっていたようです。もし、ネアンデルタール人が現代に生きていたら、投擲競技やウエイトリフティングなどでものすごい記録を生み出していたかもしれません。
因みに、現代人の遺伝子について調べた結果、約2%はネアンデルタール人の遺伝子であるようです。このことは、ネアンデルタール人とクロマニョン人の間に交流があり、交雑も起こっていたということを示しています。
他の人類種同士の交流があったと思うとわくわくしてきますね。