「民主主義とは何か」の内容・要約など①(講談社現代新書、宇野重規著)
「民主主義とは何か」(講談社現代新書、宇野重規著)
著者によれば、今や民主主義は危機に瀕しているといいます。どの様な理由で危機に瀕しているのか、また、今後、民主主義に希望はあるのか、そもそも民主主義とは何なのかと言った点を本書では古代ギリシアから遡って見ていきます。
そもそも、「民主主義」と言われてどういった政治形態を思い浮かべるでしょうか。普通は、選挙で国民の代表を選んで、代表者たる国会議員を通じて法律を制定したり、様々な政治的な意思決定を行うことを想像すると思います。
しかし、本書では、その様な「議会制民主主義」は、本来の民主主義とは起源を異にするものであると書かれています。
なかなか衝撃的な内容ではないでしょうか。
みんな、物事を民主的に決めようとは言います。しかし、「民主的」とは、「民主主義」とはいったい何なのでしょうか。果たして、選挙を通じて代表者を選ぶことだけが民主主義なのでしょうか。民主主義について知ることは、現代の政治形態、また、理想の政治形態とは何かを考える上で非常に役に立つと思います。
以下、本の内容を要約してみます。
今回は古代ギリシアまでとし、続きは次回にします。
●要約
<序 民主主義の危機>
過去において、民主主義は何度も何度も危機に晒されてきた。現代もまた、危機に直面しており、いわば「瀕死」の状態であると言える。
今日の危機は4つのレベルで考えられる。
①ポピュリズムの台頭
・2016年の大統領選
→置き去りにされた人々(中高年の白人労働者など)からの支持。ポピュリズムは大衆への迎合として批判されることが多い。
※ただし、ポピュリズムには、既得権益、少数エリートへの異議申し立てという側面があるため、一概に脅威であるとは言えない。
しかし、ポピュリスト指導者は他の政治家や団体を抑圧することもあり、その様な状態が継続することは好ましくない。
②独裁的指導者の増加
世界各地で独裁的手法が目立つ指導者が多くなっている。
(中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩委員長、フィリピンのドゥテルテ大統領、トルコのエルドアン大統領、、)
・中国では、習近平主席になってから欧米的な民主主義の否定、共産党の独裁が強まっている。
→迅速な決定を下すに当たっては、民主的国家よりもむしろ独裁的国家の方が好都合ではないか、という意見も珍しく無くなってきている。
(民主主義に対する疑問の声が噴出。)
③第四次産業革命
現代、AI、ロボット、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの第四次産業革命の波が押し寄せている。
・イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏; 著書、「ホモ・デウス」の中でAIや生物工学の発展の結果、人類至上主義が終わりを迎えると予言。
→民主主義にとってみれば、一人一人の人間を平等な判断主体とみなす全体が揺らぐことになる。
④コロナ危機
コロナ蔓延によるパンデミック、それに伴う国家の監視の強化やロックダウンによる対面での議論の機会減少。
→人と人が直接顔を合わせることが民主主義にとっては重要な要素。その様な条件の阻害は本来望ましくない。
この様な危機をどのように乗り越えていくか、それがまさに現在突きつけられている課題であるといいます。果たして、民主主義とは人共有されるべき理想なのか、次章以降、古代ギリシアから遡って検討されます。
<第1章 民主主義の誕生>
・人々に力を
民主主義(democracy)という言葉:古代ギリシアで誕生。
語源:ギリシアのデモクラティア(demokratia)
→人民や民衆を意味するデーモスと、力や支配を意味するクラトスが結び
ついたもの。
したがって、抽象的な概念ではなく、素朴に普通の人々の声が力を持ち、その声が
政治に反映されるというイメージ。語源的には、「民主主義という邦訳よりはむしろ、「民主力」という訳の方が近い。(power to the people)
・古代ギリシアの独自性
古代ギリシア以外の共同体でも、人々が集まって共同体の方針を決める、といったことは行われていた。
しかし、
古代ギリシアは民主主義の営みが徹底されたといえる。
人々が集まって共同体の方針を決める「民会」すべての事柄についての最終的な決定権限を持った。
アテナイの人々にとって、民主主義は人々の名誉と誇りの源泉だった。
→古代ギリシアにおいて、民主主義という伝統が形成。
・古代ギリシア人にとっての政治
「政治」・・・自由で相互に独立した人々の間における共同の自己統治
政治にとって重要な要素
一、公共的な議論によって意思決定をすること
二、公共的な議論によって決定されたことについて、市民が自発的に服従すること
・アテナイ民主主義の発展
ソロンの改革
・平民の債務取り消しと債務奴隷からの解放
→平民層にも国政の中枢に参画する道が開かれる。
クレイステネスの改革
→アテナイ民主主義の確立に向けて、決定的な第一歩を踏み出した指導者がクレイステネス。
改革の内容
・10部属制の導入
→貴族の影響力低下、平民の台頭
・500人評議会の設置
→僭主になる危険性のある政治家の名前を陶片に記して投票
・民主主義とは
議会の内部における議論だけでなく、市民社会における多様な熟議こそが民主主義を支える。
・参加と責任
古代ギリシアの民主主義=「参加と責任のシステム」
民会への出席=市民として誇るべきこと
「責任」:公職を全うした後は、任期中にしたことについて、厳しい審査が待っていた。
官僚制も常備軍もない中、政治的指導者は民会の議論でイニシアチブを取り、弾劾裁判や陶片追放の可能性にさらされ続けた。
→民主主義は参加と責任の両方の契機から成り立つ。
・民主主義の批判者たち
哲学者の民主主義批判
プラトンは民主主義に対して批判的だった。
ーソクラテスは民主的な裁判の結果として死んでいった。
多数者の決定だからといって正しいとは限らない。
「何が道徳的に正しいか、良き生活、良き徳とは何かを知る哲学者こそが統治の任を負うべき」=哲人王の構想。
プラトンにとって、民主主義とは、「真理の支配」ではなく、雑多な意見「ドクサ」に過ぎず、時々の状況によって影響される不安定なものであった。
・古代ローマの共和制
・ローマの共和政→しばしば民主政と並び称される。
・共和政の語源; ラテン語で「公共のことがら」を意味する res publica
・共和政の理念
→国家は市民にとって公共の利益であり、王の私的利益ではない。国家全体の公共の利益に基づいて運営されるべき。
<特徴>
民主政 ↔︎ 共和制
「多数者の利益の支配」「公共の利益の支配」
その後の歴史を考えると、
「民主主義」という言葉は「多数者の横暴」や「貧しい人々の欲望従属」といった否定的なニュアンスで使われる様になる。
一方、共和制は理想的な政治モデルとして語られ続けた。
次章以降、「民主主義」という言葉がいかにして現代になって注目を浴び始めたのか、視点をヨーロッパに転じて分析していきます。
続きはまた次回とします。
・感想など
古代ギリシア編だけでも面白くてぐんぐん引き込まれる内容です。
イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏も指摘していましたが、これからAIとバイオテクノロジーの発達が人間社会に何をもたらすのかは全くの未知ですよね。
人間の感情までがコンピュータアルゴリズムによって解析され、サービス業や士業までもがロボットに代替される時代が来るかもしれません。また、コンピュータによって、人間の感情などがコントロールされる時代が来るかもしれません。
そうなれば、人間の「自由意思」の立ち位置も非常に危うくなるでしょう。
これまで神聖視されてきた人間の自由意思がAIによって解読され、操作時代が来るならば、「自由意思の神話」は一気に崩れ去ることになります。
当然、個人には完全な自由意思をベースに考えられてきた民主主義は窮地に陥ると思います。
また、コロナ危機をきっかけに各国で政府の監視が強まっていることも見逃せません。「全体主義的」な傾向が強くなれば、民衆は当局に対して、言いたいことも言えない状態になるでしょう。
古代ギリシアの民主政を考えてみると、人々が自覚的に国家の方針を決めていたことが分かります。正に、power to the people ですね。しかも、有閑階級だけでなく、農民たちが民会の日に遠方から何日もかけて議論に参加していたというのは驚くべきことです。
私たちは政治への参加というと、選挙に行って、政党や候補者に投票することを専らイメージしますが、民主政の起源は市民自らが参加して決めることにあったということですね。
この様な民主主義の起源について、現代の我々が知っておく意義はとても大きいでしょう。意識的な参加、これが民主主義の原点なのですね。
まず、政治的な議論=国会でやるものという認識から脱却する必要があるのではないでしょうか。一人一人が民主主義の担い手であるという意識を持って、積極的に発信していくことが大切であると思います。
次章以降の議会制民主主義の形成、発展もなかなか興味深い内容です。
続きはまた次回!